不動産王子に求婚されたのでオタクにしてやりました

「もちろん聞くぜ」
「ドリンク12杯で手を打つよ」

美月がくすりと笑った

「それはもうこりごりね」

「なんだよ、聞かせろよ」

美月は沢の水に手を入れたまま

達也を見ようとはしなかった

そして、わざと明るい声で話しだした

「私ね、家族ってママしかいないの」
「お父さんも知らないし」
「おじいちゃんも、おばあちゃんも知らない」
「私ね、ママが大好きなの」
「ママは、私に自分が好きなものを惜しみなく教えてくれて」
「一緒に沢山アニメを見てくれた」
「たまに解釈の違いで喧嘩したりさ」
「本当に……楽しくて……幸せだった」
「一緒に暮らした場所で」
「ママと集めたグッズに囲まれてるとさ」
「一人じゃないって思えたし」
「寂しくないって……思ってた」
「私ね、ママが旅に出ちゃった日に約束したの」
「私は一人でも大丈夫」
「真帆だっていてくれるし」
「だから……心配しないで……って」

「美月さん……」

「でもね、達也さん」
「私……」
「ママに嘘ついちゃったみたい」

達也は何も言わず

美月を見つめていた

その目が

わずかに潤んでいる

それに気づいた瞬間

美月の胸がちくりと痛んだ

今日こそ

達也の気持ちに答えよう

そう決めてきた

達也から気持ちを伝えられた夜から

少し時間をかけて

自分の気持ちを整理して

その想いを受け入れようと決めていた

「達也さん……」

あとは言うだけだった

私も達也さんが好きです……と

達也さんと一緒にいれば大丈夫

きっとずっと傍にいてくれる

今、達也さんに感じている気持ちだけを

素直に言葉にすればいい

そうしてしまえば

怜司君への気持ちを

振り切れる

すぐに

達也さんが一番になる

そう信じたかった

でも……

本当に……そうなるのかな?

もしも、選んだ後も……

沼から抜けられなかったら?

怜司君を忘れるために

達也さんを選んでいいの?

そんなことに……利用してもいいの?

美月は唇を噛んだ

そんなの……

そのとき

美月が水をすくって達也へとばした

「うわ! 冷た!」

「あはは!」
「そんな顔で人を見るんじゃないわよ」
「話を聞いてくれてありがとう」

言えなかった……

どうしても……

達也は何かを察したように美月を見つめる

少しの間

二人は無言で見つめ合った

「美月さん」
「俺には、甘えてもいいんだぜ」

「え……」

「急がなくていい」
「ちゃんと考えて」
「美月さんが後悔しない返事が」
「俺は聞きたい」
「だから……」
「そんな目で俺を見るなよ」

美月の目に涙が滲んだ

達也はそれ以上なにも言わなかった

やがて……

美月が沢の中にある小さな石の陰へ目を向ける

「あ!」

「どうした?」

「達也さん、見て!」
「カニ!」

石の脇から、小さなカニが顔を出していた

「ほんとだな」

「かわいい~!」

「これ、油で揚げると美味いんだぜ」

「こんなに可愛い子を食べないの!」

美月はもっとよく見ようと身体の向きを変えた

その瞬間、濡れた石の上で靴が滑った

「きゃっ!」

身体が後ろへ傾く

「美月さん!」

達也が咄嗟に美月の腕を掴んだ

そのまま強く引き寄せる

美月の身体が達也の胸へ飛び込んだ

「……え?」

一瞬、何が起きたのか分からなかった

目の前には達也の胸

腕を支えている大きな手

達也の腕に支えられ

美月の身体がその胸にすっぽりと収まっていた

そのまま

ほんの少しの間

二人とも動かなかった

服越しに

達也の体温と鼓動が伝わってくる

美月の顔が一気に熱くなる

「わっ!」

美月は我に返り

慌てて達也から離れた

「ご、ごめん! 達也さん」

「俺はいいけど」
「大丈夫か?」

「だ、大丈夫!」
「です!」

美月は赤くなった顔を隠すように沢へ向き直る

びっくりした……

達也さんの胸……

思ってたよりずっと広いし、硬かった……

それに……

いい匂いがした

って、なに確認してるのよ、私!

達也も少しだけ視線を逸らす

「だから滑るって言っただろ」
「カニに夢中になりすぎなんだよ」

「だって可愛かったんだもん!」

「カニより自分の心配しろ」
「まあ、怪我がなくて良かったよ」

美月はまだ赤い顔を見せないように

達也へ背を向けた

「つき合わせちゃってごめん」
「薪拾いに戻ろうよ」

「おう」

美月は先に歩き出した

その足取りは

さっきまでより少しだけ速い

胸の鼓動が

まだうるさい

達也の匂いが残ってる

あのまま……

抱きしめてくれたら

私……

達也さんのところに

行けたかも……

達也はその後ろ姿を見て

自分の胸へ一度だけ視線を落とす

そこにはまだ

美月を受け止めた感触が残っている

「まじで危なかったな……」

あのまま……

思い切り抱きしめてしまいたかった

でも、それはしなかった

「俺も……余裕ねえな」
「今の美月さんを抱きしめちゃうのは……」
「ずりいよな」

達也は頭を掻くと

美月のあとを追った