不動産王子に求婚されたのでオタクにしてやりました

その頃……

真帆は怜司とアウトドア用品の売り場を歩いていた

怜司は備長炭の箱を軽々と持ち上げる

「これでいいか?」

「うん」
「私には分からないけどね」
「怜司さんの方が詳しいでしょ?」
「それでいいの?」

「ああ、これでいい」

怜司は手にした備長炭の箱を

カートへ載せようと一歩踏み出す

右足に力がかかった瞬間

その動きが

ほんのわずかに止まる

だが

すぐに何事もなかったように

箱をカートへ載せた

真帆は怜司を横目で見る

「ねえ、怜司さん」
「美月の親友として」
「あなたには言いたいことがあるわ」

「なんだ?」

「美月のこと」
「本気で、本当に好きなの?」

怜司は真帆を見る

「ああ、好きだ」

迷いのない返事だった

真帆は少しだけ目を細める

「美月から聞いたよ」
「色々あったこと」

怜司はカートの取っ手に手を置いたまま

何も言わなかった

「怖い思いさせたんでしょ?」
「勝手に興奮して押し倒した」
「最低だね」

「そうだ」

「あげく」
「美月が仲直りしたくてお祝いの準備までして」
「誕生日に訪ねたら、黙っていなくなってた」

「ああ」

「勝手に言い寄ってきて」
「勝手にいなくなって」
「美月を捨てた」
「自己中すぎだよね」
「最っ低だよね」

真帆は怜司をじろりと睨む

「美月はまともに食事ができなくなって」
「それでも会社に普通に来て生活してた」
「顔なんかげっそりしちゃってさ……」
「辛そうだった」
「そんな美月を慰めたのは達也さんで」
「達也さんのおかげで」
「食事ができるようになって元気になったの」

真帆の目には怒りの色が浮かんでいた

怜司は何も言わず

その真帆の気持ちを受け止めた

「なんで、また美月に関わってくるのよ」
「余計なことしないでよ」

怜司は静かに答えた

「そう思われても仕方がない」

真帆の眉がわずかに上がった

「言い訳しないんだ」

「できないからな」

小さな間があった

「俺は美月を傷つけた」
「そのあと……逃げた」
「どちらも俺がしたことだ」

真帆はしばらく何も言わなかった

やがて口を開く

「でも、もう逃げないってこと?」
「正直に言うけど」
「怜司さんには身を引いて欲しいのよね」
「それができないなら」
「せめて美月を泣かせないって約束しなさいよ」

怜司は少し考えた

そして、はっきりと答えた

「約束はできない」

真帆の眉が寄る

「は?」
「ふざけてる?」

真帆は歯を食いしばり

怜司に詰め寄って

その胸ぐらを掴んだ

「ハッキリ言わなきゃ分からないの?」
「だったら……」
「もう、美月に近づかないでよ!」

怒りに満ちた目で怜司を睨みつける

「あんたにとっては」
「その辺の女なのかもしれないけど」
「私にとっては」
「かけがえのない親友なんだよ!」

胸ぐらを掴む真帆の手に力がこもる

「美月を軽く扱うな!」
「これ以上美月を傷つけるなら」
「私が絶対、ただじゃおかないから!」
「本気だぞ! なめんなよ!!」

怜司は真帆の目をまっすぐ見る

しばらく何も言わなかった

それから

自分に言い聞かせるように

ゆっくり口を開く

「俺は、また間違えるかもしれない」
「美月を悲しませることもあると思う」
「だが、今度は絶対に逃げない」
「間違えたら謝る」
「美月が嫌だと言ったことはしない」
「分からなければ聞く」

真帆はしばらく怜司を睨んでいた

やがて

掴んでいた胸ぐらから手を離す

そして小さく息を吐く

「なんか……」
「思ってたよりまともね」

「達也に言われたんだ」

「達也さん?」

「ああ」
「美月を泣かせたと、殴られた」
「ビビってるだけだろってな」
「負け犬とも言われた」

真帆が呆れたように目を細めた

「まさか……」
「それでやる気が出ちゃって帰ってきたってわけ?」
「達也さん……なにやってるのよ……」
「放っておけば、絶対美月と付き合えたのに」

「達也はいい男だからな」

「もう分かってるだろうけどさ」
「私、達也さん派だから」

「ああ」

「美月と二人にしたのもわざとよ」

カートを押そうとした怜司の手が止まった

真帆がにやっと笑う

「気になる?」

「ああ」

即答だった

真帆が吹き出す

「素直だね」

「だが、邪魔はしない」

「へえ、偉いじゃん」

「美月が誰と話すかは」
「美月が決めることだ」

二人から離れた精肉売り場で

美月が達也と何か話しながら笑っていた

真帆はその笑い顔を見つめる

「楽しそうだね」
「す~ごく、楽しそうだね」

「ああ」

「達也さんといた方が、美月にとっていいのよ」
「美月の幸せを考えるのが」
「男ってもんじゃないの?」

怜司は遠くで笑う美月をしばらく見つめた

やがて真帆へ向き直る

「それでも、選ぶのは美月だ」
「美月自身に、もう来るなと言われない限り」
「俺は、美月を諦めない」
「逃げるつもりもない」

真帆はふっと怜司から視線を外す

「そっか」
「美月も大変ね~」
「二人の王子に両腕引っ張られて」
「そのうち腕が伸びちゃうんじゃない?」

怜司は真帆を見て目を細めた

「真帆さんにも」
「引っ張られてそうだがな」

真帆はまた怜司を見てきょとんとした

「冗談……言えるんだ」

「真帆さんのような人が」
「美月の親友でいてくれて」
「嬉しい」

真帆は驚いて目を見開いた

怜司は真帆の手元に目をやった

「手が震えている」
「無理をしていたんだな」
「心配を掛けて」
「本当にすまない」

真帆は自分の手を見る

指先が小さく震えていた

困ったように顔を上げる

「あ~あ」
「思ってたのとちが~う」

真帆は炭を載せたカートを見る

「怜司さん、とりあえずカートお願い」
「紙皿と紙コップ探そうよ」

「分かった」

必要な物を揃えた二人は

美月たちのいる精肉売り場へ戻っていった

「お、戻ってきた」

達也が怜司と真帆を見る

真帆は怜司に見えないように

達也へ向かって両手で小さくバツを作った

達也が眉を寄せる

「なんだよそれ」

真帆は達也の耳元へ顔を寄せる

「ごめん」
「思ったより強敵だった」

「なんの話だよ」

「美月から身を引けって釘刺したんだけど」
「全然譲る気ないわ」

「なにやってんだよ」
「勝手なことすんな」

「なんですって?」

真帆は達也へ一歩詰め寄り

その胸元へびしっと指を突きつける

「『なにやってんだよ』はこっちのセリフよ!」

「な、何の話だよ」

「達也さんが煽ったせいで帰ってきちゃったんでしょ!」
「なんで放っておかないのよ」
「あのままだったら達也さんと美月で」
「ハッピーエンドだったでしょ!?」

「いや……」
「なんか許せねえなって……」

「達也さんの軽率な行動のせいで」
「こんな結果になったのよ!」
「反省してよ!」

「なんで俺が怒られてんだよ」

美月がカートを押しながら近づいてきた

「真帆」
「なにこそこそ達也さんと話してるの?」

「なんでもないよ~」

真帆がにっこり笑う

「達也さんの反省会~」

「達也さん、なにかしたの?」

「してねえよ!」

怜司が横から口を挟む

「達也なら色々しているだろう」

「怜司まで乗っかってくるなよ」

美月が笑う

「相変わらず」
「怜司君と達也さんは仲がいいわね」

「よくねえ!」
「なあ怜司」

「達也」
「俺たちは心の友と書いて親友だろ」

「なんだ急に!?」
「そんなこと言って恥ずかしくねえのか」
「そこは合わせろよ!」

真帆が嬉しそうに目を輝かせる

「おお~!」
「やっぱり私たちには明かせない関係が!」

「ちげえよ!」
「やっぱりってなんだ!?」