不動産王子に求婚されたのでオタクにしてやりました

やがて車は三鷹駅の北口付近にたどり着いた

上水沿いの桜が並ぶ広い道路で真帆と合流する

「あ、真帆いた!」

怜司が車を停めると

美月は後部座席のスライドドアを開けた

「真帆、おはよ~」

「おはよ~」

小さめのボストンバッグを肩に掛けた真帆が

開いた扉の前までやってくる

「真帆で~す」
「よろしくおねがいしま~す」

茶色のセミロングヘアを揺らしながら

真帆が笑顔を向ける

きりっとした目元に、耳には赤いピアス

白のパーカーにネイビーのカーゴパンツを合わせたカジュアルな服装で

活発そうな雰囲気の女性だ

真帆は運転席の怜司を見る

「怜司さん」
「迎えにきてくれてありがとうございます」

「ああ」
「よろしく」

真帆は笑顔のまま

怜司を見る目を少しだけ細めた

すると助手席の達也が振り返る

「おう、BLの真帆だろ」
「前も会ったよな、よろしく」

真帆が真顔になって達也を見る

そして美月に耳打ちした

「今、BLの真帆って言ったわよ?」
「なにこれ?」
「どう反応したらいいの?」

「達也さんはよく分かってないのよ」
「覚えてる単語を言ってるんじゃないの?」
「二つ名みたいなの好きみたいだし」

「そうなの?」
「ただのばかってこと?」

「そういう言い方はしないでよ」

少し考えてから真帆は達也に挨拶した

「よろしくね、達也さん」
「ちなみにさ」
「私がBLの真帆なら、美月はなんなの?」

「美月さんは……」

達也は腕を組んで少し考えた

「王子ラブの美月だな」
「OLの美月だ」

美月の眉がぴくりと動く

「なによそれ」
「私、普通にOLだし」

「おう」
「だから王子ラブの美月だろ」

真帆がお腹を抱えて笑う

そして嬉しそうに達也に同意する

「そんな感じよ!」
「達也さんって美月のこと分かってるわね!」

「ちょっと真帆!」
「私は王子ラブじゃないから!」

達也が驚いた顔で美月を見る

「違ったのか!?」

「違わないけど、違うわよ!」

怜司も運転席から声を掛けた

「違ったのか?」

「違……」

美月は一瞬言葉に詰まる

「……そういう問題じゃないの!」

真帆がにやにやしながら美月を見る

「うるさい!」

「なにも言ってないじゃん」

「顔が煩いわ!」

「私の顔って煩いのよね~」

真帆が車を覗き込む

「うわ……」
「なにこの車」

「怜司君の車よ」
「ほら、真帆はそっちに座って」
「フカフカなんだから!」

美月は嬉しそうに椅子の背もたれによりかかった

真帆も美月の隣のフカフカの椅子に座る

「金持ちのやることって凄いわね」
「もう車っていうより美月用の部屋じゃん」

怜司は全員が乗ったことを確認すると車を走らせる

「目的地までは2時間ほどだ」
「途中で食材を買っていく」
「昼は簡単なものにして、夜はバーベキューの予定だ」

達也が助手席から振り返る

「美月さん、キャンプ初めてなんだろ?」
「任せとけよ」
「俺、こういうの得意だからさ」

「達也さん、アウトドア好きそうだもんね」

「おう」
「昔から怜司とよく行ってたんだぜ」

「怜司君も?」

「怜司は人の少ない場所が好きだからな」

「……なんか納得」

真帆が車内を見回す

「それにしても広いね、この車」
「テレビまであるし」

「真帆、これ動画サイトに繋がってるよ!」

美月は楽しそうにリモコンを持ち上げる

「アニメ見ようよ」
「真帆が見たいのでいいから」

「いいの?」

「うん」

「ほんとにいいの?」

「いいよ」

「じゃあ遠慮なく」

真帆がリモコンを操作する

画面に作品が表示された瞬間

美月が慌てて真帆の持つリモコンに手を伸ばした

真帆はリモコンをひょいっと遠ざける

「ちょっと、それは違うでしょ!」

「好きなのでいいって言ったじゃん」

「言ったけどさ」
「普通そういうことしなくない!?」

「いいじゃん」

それは

高校生の少年と有名小説家との恋愛を描いたBLアニメだった

真帆は気にする様子もなく再生ボタンを押した

オープニングが始まり

美月は諦めたように座席へ身体を沈める

達也は助手席に座っているため画面は見えない

怜司も運転中で

当然画面を見ることはできなかった

二人には音だけが聞こえてくる

しばらくすると

アニメの中から男の艶めかしい声が聞こえてきた

美月は顔を赤くして両手で顔を覆った

達也が後部座席の方へ首を傾げた

「なんだこれ」
「恋愛ものか?」

真帆がにやっと笑う

「そうだよ、純情な恋愛ものだよ~」

「へえ」

達也は特に気にする様子もなく前を向いた

アニメはそのまま進んでいく

再び艶めかしい声が車内に響いた

達也の眉がぴくりと動く

「おい」
「これ、結構攻めてる恋愛アニメだな」

真帆が笑いを堪えながら答える

「そう?」
「純愛だよ~」
「曇りなき眼で見ないとだめだよ~」

「いや、俺たちには見えねえし」

美月は両手で顔を覆ったまま真帆を見る

「真帆……もうやめようよ」

「面白いんだからいいじゃん」
「美月の王子様二人の後ろで見ると格別ね」
「なんか私、新しい属性見つけたかも」

「やめなさいよ!」
「なにその属性!?」

運転席の怜司も少しだけ眉を寄せる

「美月」

「なに?」

「こういう恋愛ものも好きなのか?」

「こういうって?」

「セリフを聞いていれば分かる」

美月の動きが止まる

「怜司君、分かってたの?」

「ああ、俺には知見があるからな」

「嫌いってわけじゃないけど……」

真帆が楽しそうに笑う

「やっぱり好きなんじゃん」

「もう!」
「真帆さっきから私で遊んでるでしょ」

達也が前を向いたまま口を開く

「でもよ」
「さっきから男の方」
「強引すぎじゃねえか?」

美月と真帆が同時に達也を見る

「男の方?」

「そうだよ」
「相手が戸惑ってるのにガンガン行ってるだろ」

真帆がにやりと笑って口元を押さえる

「達也さんはどう思う?」

「どうって?」

「こういうの」

達也は少し考えた

「相手が嫌がってんなら止まれよ」
「好きだからって何してもいいわけじゃねえだろ」

美月の表情が少し変わった

運転席の怜司も何も言わなかった

ほんの少しだけ車内が静かになる

だが、画面から再び艶っぽい声が響いた

達也が眉をひそめる

「いや……」
「こいつ、嫌じゃなさそうだな」

真帆が吹き出した

「喜んでるよ~」
「そりゃあもう~」

怜司が静かに口を開いた

「達也、一つ誤解しているぞ」

「なにがだよ」

「このアニメに女性はいない」
「全員男だ」
「これがボーイズラブだ」

「え?」

達也が美月の方を振り返る

「そうなのか?」

「なんで私に聞くのよ!」

「ああ、そういうことか」
「なんか変だと思ったんだよ」

怜司が淡々とした声で言った

「美月も嫌いではないようだ」
「恋愛を学ぶには参考になるかもしれない」
「タイトルを教えてくれ」

「怜司君は参考にしないで!」
「タイトルは教えません!」

「そうなのか?」

「そうなの!」

真帆がお腹を抱えて笑う

「美月、必死すぎ!」

「誰のせいよ!」
「もうそれ止めなさい!」
「私が見たいの見る!」

達也がにやりと笑って美月を見る

「俺達に遠慮せず」
「観てもいいんだぜ」

「そんなんじゃないわよ!」
「達也さんは黙ってて!」

美月の声が車内に響いた

そんな騒ぎなど気にも留めず

画面の中では純情模様がさらに加速していった