私のことを嫌いなはずの幼なじみが、 未来から結婚指輪を持ってきた

それから、湊は露骨なくらい変わった。
朝は家の前で待っている。
帰りは必ず一緒。
人の多い道を選び、少しでも怪しい車があればナンバーを撮る。
「過保護すぎない?」
「命に関わってんだよ」
「でも、教室の前まで迎えに来る必要ある?」
「ある」
「美月にめちゃくちゃ笑われたんだけど」
「知らねえ」
昔みたいだ。
ううん。
昔より近い。
それなのに、私たちはまだ「付き合っている」わけではない。
そこが少しだけ、もどかしかった。
*
湊は父親にも話した。
一人で集めていた写真や記録を全部見せ、今度こそ警察へ相談しようと説得した。
最初は拒んでいたおじさんも、私がトラックに轢かれかけたと聞いて顔色を変えた。
「もう、家族だけの問題じゃない」
湊のその一言で、ようやく大人たちが動き始めた。
警察はすぐにすべてを解決してくれたわけではない。
でも相談記録が残り、巡回が増えた。
学校にも事情の一部が伝えられた。
少なくとも、前みたいに湊一人だけが戦っている状態ではなくなった。
それだけで、少し未来が変わったような気がした。
*
ある夜。
私は湊と一緒に神社へ向かった。
「また未来の俺に会いに行くのか」
「聞きたいことがあるから」
「俺に聞けよ」
「二十四歳の方にしか分からないこと」
「……なんか腹立つ」
「嫉妬?」
「自分に嫉妬するか」
そう言いながら、少し不機嫌そうなのが面白かった。
御神木の前で待つ。
十分。
二十分。
何も起きない。
「やっぱり、毎回会えるわけじゃないんだ」
帰ろうとした、そのとき。
ポケットの中の指輪が熱を持った。
「あつ……」
「紗奈?」
風もないのに御神木の葉が大きく揺れる。
その根元に、人影が滲むように現れた。
「――待って」
未来の湊だった。
でも最初に会ったときより、輪郭が薄い。
向こう側の木が、肩越しに透けて見える。
「お前……!」
現在の湊が息を呑んだ。
未来の湊は苦笑する。
「初対面の自分を見るの、想像以上に気持ち悪いな」
「こっちの台詞だ」
同じ顔が、少し違う表情で睨み合う。
私は思わず吹き出しそうになった。
「時間がない」
未来の湊が指輪を見る。
「一度でいい。まだ間に合うところまで戻してくれって、この指輪に願った」
「どういうこと?」
「気づいたら七年前にいた。最初は、ここに残って全部やり直せると思った。でも未来が変わるたび、俺がこっちにいられる時間は短くなった」
「だから消えるの?」
「ああ。今は、その指輪と紗奈の強い思いが重なったときだけ、こっちへ引っ張られるみたいだ」
現在の湊が一歩前へ出た。
「教えろ。元の未来で、紗奈に何があった」
未来の湊は長く黙った。
「俺は、紗奈を守るために離れた」
「……」
「そのせいで、一人にした」
声が震える。
「あいつらは紗奈を『俺と無関係になった女』だと思った。だから警戒されていない人質として狙った」
私は息を呑んだ。
「誕生日の日だった?」
「ああ」
「私は、どうやって――」
「そこまで聞かなくていい」
未来の湊が遮った。
「今はもう違う。警察にも相談した。二人でいる。元の未来と同じ条件じゃない」
現在の湊が拳を握る。
「でも、あいつらはまだ動いてるんだな」
「そうだ」
「なら止める」
「一人でやるな」
未来の湊が即座に言った。
同じ言葉を、今度は自分自身へ向ける。
「俺が一番後悔したのは、全部一人で何とかしようとしたことだ」
「紗奈がいなくなってから、七年かけてやっと分かった。守るって、一人で全部背負うことじゃなかった」
現在の湊が、奥歯を噛むように黙り込む。
「……遅いな」
「ああ。だから、お前は間に合わせろ」
現在の湊は悔しそうに目を伏せ、それから頷いた。
「分かった」
未来の湊の輪郭が、さらに薄くなる。
「待って」
私は手を伸ばす。
「この指輪……本当に、私たちの結婚指輪なの?」
一瞬。
未来の湊の表情が止まった。
そして、寂しそうに笑う。
「誕生日を越えたら、全部話す」
「ずるい」
「知ってる」
「絶対だよ」
「ああ」
最後に未来の湊は、現在の湊を見た。
「誕生日。必ずそばにいろ」
「言われなくても」
「それと」
「何だよ」
「紗奈を泣かせるな」
「お前が言うな!」
そのやり取りを最後に、未来の湊は夜の空気へ溶けるように消えた。
私の手の中で、指輪だけが冷たく残った。