翌日の放課後。
湊に呼び出されたのは、校舎の屋上だった。
「話がある。来い」
言われなくても、私は行くつもりだった。
フェンスの向こうに夕焼けが広がっている。
湊は私に背を向けたまま、しばらく何も言わなかった。
「湊」
「……母さんから聞いた。うちに来たんだって」
「うん」
「余計なことすんな」
「余計じゃない。心配だから」
「心配とかいらねえよ」
「いるよ」
思ったより強い声が出た。
湊が振り返る。
「昨日、家の前に黒い車が停まってた。私も見た」
顔色が変わった。
「……何時」
「十一時前くらい」
「何かされた?」
「されてない。でも」
「紗奈」
湊は私の言葉を切った。
「これ以上、俺に関わるな」
胸が冷たくなる。
「なんで」
「言えない」
「言って」
「言えねえって言ってんだろ!」
初めて、湊が声を荒げた。
一歩下がった私を見て、彼はすぐに後悔した顔になる。
「……悪い」
「ううん」
「でも、これはお前のためなんだよ」
未来の湊の顔が重なった。
――今の俺を、絶対に一人にするな。
今の湊は「離れろ」と言う。
未来の湊は「離れるな」と言う。
「湊。お願い」
私は逃げずに見つめた。
「あなたの家、何が起きてるの」
長い沈黙のあと、湊はフェンスに手をかけた。
「親父が、小さな会社やってるのは知ってるだろ」
「うん」
「去年、取引先の保証人になった。そいつが飛んだ」
「保証人……」
「残った借金を親父が背負った。最初は普通の金融会社だと思ってた。でも債権が別の連中に回ってから、おかしくなった」
湊の声が硬くなる。
「夜中に家へ来る。会社にも来る。払えないなら別の形で返せって」
「別の形?」
「俺を使えとか、家を譲れとか。そういう脅し」
「警察は?」
「親父が怖がってる。証拠がないって。それに……」
そこで言葉が止まった。
「それに?」
「一度、あいつらが言ったんだ」
湊の拳が強く握られる。
『隣の女の子、仲いいんだってな』
息が止まった。
「……私?」
「ああ」
「それで、私を避けたの?」
「そうだよ」
湊が初めて、まっすぐ私を見た。
「お前が俺の弱みだって思われたら終わる。だから嫌われればいいと思った」
「『嫌い』って言ったのも?」
答えの代わりに、右耳に触れる。
胸が痛かった。
嬉しいなんて思う状況じゃない。
でも、あの言葉が本心じゃなかったと分かっただけで、泣きそうになる。
嬉しいはずなのに、それ以上に苦しかった。私を傷つける言葉を選ばなければ守れないと、湊は一人で思い込んでいたのだ。
「昨日のトラックも、あいつらかもしれない」
「そんな……」
「確証はない。でも、俺は前から家の周りの車のナンバーを控えてる。昨日の交差点にいた黒いセダンと、一度うちの前にいた車が同じだった」
湊はスマホを見せた。
写真。
日時。
ナンバー。
見せられた記録は、ただ怖がっている人のものじゃなかった。
湊は私を遠ざけながら、その一方でずっと、私の近くに危険が来ないか見張っていたのだ。
彼は一人で、ずっと記録していた。
「なんで一人で抱えてたの」
「お前を巻き込みたくなかったから」
「もう巻き込まれてる」
「だからこそ離れろ」
「嫌」
「紗奈!」
「離れたら、もっと悪いことが起こる」
「何言ってんだよ」
「未来の話」
湊が眉を寄せる。
私はポケットの中の指輪を握った。
もう隠してはいられない。
「聞いて。信じなくてもいい」
一度、息を吸う。
「私、未来のあなたに会ったの」
湊に呼び出されたのは、校舎の屋上だった。
「話がある。来い」
言われなくても、私は行くつもりだった。
フェンスの向こうに夕焼けが広がっている。
湊は私に背を向けたまま、しばらく何も言わなかった。
「湊」
「……母さんから聞いた。うちに来たんだって」
「うん」
「余計なことすんな」
「余計じゃない。心配だから」
「心配とかいらねえよ」
「いるよ」
思ったより強い声が出た。
湊が振り返る。
「昨日、家の前に黒い車が停まってた。私も見た」
顔色が変わった。
「……何時」
「十一時前くらい」
「何かされた?」
「されてない。でも」
「紗奈」
湊は私の言葉を切った。
「これ以上、俺に関わるな」
胸が冷たくなる。
「なんで」
「言えない」
「言って」
「言えねえって言ってんだろ!」
初めて、湊が声を荒げた。
一歩下がった私を見て、彼はすぐに後悔した顔になる。
「……悪い」
「ううん」
「でも、これはお前のためなんだよ」
未来の湊の顔が重なった。
――今の俺を、絶対に一人にするな。
今の湊は「離れろ」と言う。
未来の湊は「離れるな」と言う。
「湊。お願い」
私は逃げずに見つめた。
「あなたの家、何が起きてるの」
長い沈黙のあと、湊はフェンスに手をかけた。
「親父が、小さな会社やってるのは知ってるだろ」
「うん」
「去年、取引先の保証人になった。そいつが飛んだ」
「保証人……」
「残った借金を親父が背負った。最初は普通の金融会社だと思ってた。でも債権が別の連中に回ってから、おかしくなった」
湊の声が硬くなる。
「夜中に家へ来る。会社にも来る。払えないなら別の形で返せって」
「別の形?」
「俺を使えとか、家を譲れとか。そういう脅し」
「警察は?」
「親父が怖がってる。証拠がないって。それに……」
そこで言葉が止まった。
「それに?」
「一度、あいつらが言ったんだ」
湊の拳が強く握られる。
『隣の女の子、仲いいんだってな』
息が止まった。
「……私?」
「ああ」
「それで、私を避けたの?」
「そうだよ」
湊が初めて、まっすぐ私を見た。
「お前が俺の弱みだって思われたら終わる。だから嫌われればいいと思った」
「『嫌い』って言ったのも?」
答えの代わりに、右耳に触れる。
胸が痛かった。
嬉しいなんて思う状況じゃない。
でも、あの言葉が本心じゃなかったと分かっただけで、泣きそうになる。
嬉しいはずなのに、それ以上に苦しかった。私を傷つける言葉を選ばなければ守れないと、湊は一人で思い込んでいたのだ。
「昨日のトラックも、あいつらかもしれない」
「そんな……」
「確証はない。でも、俺は前から家の周りの車のナンバーを控えてる。昨日の交差点にいた黒いセダンと、一度うちの前にいた車が同じだった」
湊はスマホを見せた。
写真。
日時。
ナンバー。
見せられた記録は、ただ怖がっている人のものじゃなかった。
湊は私を遠ざけながら、その一方でずっと、私の近くに危険が来ないか見張っていたのだ。
彼は一人で、ずっと記録していた。
「なんで一人で抱えてたの」
「お前を巻き込みたくなかったから」
「もう巻き込まれてる」
「だからこそ離れろ」
「嫌」
「紗奈!」
「離れたら、もっと悪いことが起こる」
「何言ってんだよ」
「未来の話」
湊が眉を寄せる。
私はポケットの中の指輪を握った。
もう隠してはいられない。
「聞いて。信じなくてもいい」
一度、息を吸う。
「私、未来のあなたに会ったの」



