私のことを嫌いなはずの幼なじみが、 未来から結婚指輪を持ってきた

「事故のこと、聞いたよ」
翌朝、美月が真っ先に駆け寄ってきた。
「本当に大丈夫?」
「うん。湊が引っ張ってくれたから」
「朝倉くんが?」
一瞬だけ美月の目が輝く。
「めちゃくちゃかっこいいじゃん」
「そういう話じゃないの」
私は声を落とした。
「美月。湊が高校に入って急に変わった理由、何か知らない?」
「うーん……」
美月は眉を寄せた。
「そういえば、入学式のちょっと前。朝倉くんの家、変だったってお母さんが言ってた」
「変?」
「夜中に知らない車が何台も停まってたって。黒い車とか、ワゴンとか」
胸がざわつく。
昨日見た黒いセダンが頭に浮かんだ。
「いつ頃?」
「入学式の一週間くらい前かな」
湊が私を避け始めた時期と、ぴったり重なる。
*
放課後。
私は思い切って湊の家を訪ねた。
隣の家なのに、玄関まで来たのは久しぶりだった。
小さい頃は、インターホンなんて押さずに「湊ー!」と勝手に上がり込んでいたのに。
呼び鈴を押す。
出てきたのは湊のお母さんだった。
「あら、紗奈ちゃん。久しぶり」
笑顔は懐かしい。
でも、目の下に薄い隈があった。
「湊、いますか」
「今は出てるの。ごめんなさいね」
「そうですか……」
「最近、あの子、家にもあまり寄りつかなくて」
その言い方が引っかかった。
「高校に入る前、何かありましたか」
湊のお母さんの笑顔が止まった。
「どうして?」
「夜中に、知らない車が停まってたって聞いて」
「……」
沈黙。
玄関の奥から、何かが落ちる音がした。
振り向いた拍子に、靴箱の上に置かれた封筒が目に入る。
赤い文字で『最終通告』。
その下に、見慣れない会社名。
お母さんがすぐに封筒を伏せた。
「紗奈ちゃんには関係ないことよ」
「でも、昨日、私――」
トラックのことを言いかけて、やめた。
顔色がさらに悪くなったから。
「ごめんなさい。今日はもう帰って」
「おばさん」
「お願い」
扉が閉まる。
昔から知っている人に、初めて拒まれた。
私は玄関の前で、しばらく動けなかった。
夕方の住宅街を、車が一台ゆっくり通り過ぎる。
黒いセダン。
昨日と同じ車かどうかは分からない。
でも、そのとき私は初めて。
怖いと思った。
未来の湊が言った「死ぬ」という言葉を。
*
その夜。
自分の部屋のカーテンを閉めようとして、外を見る。
隣の朝倉家の前。
街灯の少し先に、黒い車が停まっていた。
エンジンを切ったまま。
誰かが、こちらを見ている気がした。フロントガラスの向こうに人影がある。それだけなのに、カーテン越しに視線まで刺さってくるようだった。
私は反射的にカーテンを閉めた。
数分後、恐る恐る隙間から覗く。
車はもういなかった。
代わりにスマホが震えた。
湊からだった。
高校に入ってから、初めて届いたメッセージ。
『明日、話がある』
その一行だけ。
続けて、もう一つ。
『一人で帰るな』
胸が強く鳴った。