「あいつから離れるな」
未来の湊の言葉が、頭から離れなかった。
翌日も、その翌日も。
だから私は、懲りずに湊へ話しかけ続けた。
「おはよ」
「……うるさい」
「今日、体育あるよね。ペア誰にする?」
「知らない」
「一緒にやろ」
「嫌だ」
即答。
それでも、逃げはしない。
昔の湊なら、本気で面倒になったら私を置いてさっさと行ってしまった。
今はただ、目を合わせないだけだ。
「……なあ」
三日目。
とうとう湊の方が振り返った。
「お前、なんなの」
「なにが」
「急に話しかけてくるようになった」
「気まぐれ」
「気持ち悪い」
「うるさいなあ」
笑って返したけれど、胸の中では心臓が忙しかった。
七年後の湊が、私を抱きしめたときの顔を知ってしまったから。
目の前にいる十七歳の湊が、どれだけ冷たくしても。
その奥に、同じ人がいるように思えてしまう。
*
昼休み。
「紗奈、なんか変だよ」
美月が疑わしそうに私を見た。
「なにが」
「朝倉くんに、めちゃくちゃ話しかけてる」
「そう?」
「昨日まで避けてたのに」
「気が変わったの」
「怪しい」
美月は目を細める。
「なんかあったでしょ」
鋭い。
「……ちょっとね」
「なになに!」
「言えない」
「ええー」
制服のポケットには、あの指輪が入っている。
未来から来た二十四歳の湊。
六年後の日付が刻まれた指輪。
そして、四か月後に私が死ぬという警告。
口に出して並べてみれば、我ながら信じられない話だった。
怖くないわけじゃない。四か月後に自分が死ぬなんて、考えるだけで指先が冷たくなる。
それでも真っ先に浮かぶのは、自分の死より、七年後の湊が見せた泣きそうな顔だった。あんな顔を、もう一度させたくない。今は、それだけでも十分だった。
「まあいいや。朝倉くんと仲直りするなら、私は応援する」
「仲直りって、別に」
「照れなくていいって」
「照れてない」
美月は、にやにやしながらストローを咥えた。
*
放課後。
私はまた、あの神社へ向かった。
石段を上がると、あの日の豪雨が嘘みたいに境内は静かだった。
社務所の脇に、古びた説明板が立っている。
今まで何度も見ていたはずなのに、なぜかその日だけ文字が気になった。
――この社の御神木は、古くより「結びの木」と呼ばれる。
――強く結ばれた縁は、時さえ越えると伝わる。
「……時を越える、ね」
昨日までなら笑っていた。
今日は笑えない。
御神木の根元に立ち、指輪を取り出す。
銀色の輪が、夕方の光を鈍く返した。
何気なく内側を指でなぞると、刻印の脇にほんの小さな引っかかりがあった。
傷だろうか。気に留めるほどでもなく、私はすぐに指を離した。
**MINATO & SANA**
「本当に、結婚するの?」
返事はない。
ただ、葉が揺れた。
そのとき。
「――何やってんの」
背後から声がした。
振り返る。
制服姿の湊が、怪訝な顔で立っていた。
「な、なんでここに」
「近道。お前こそ、なんで一人でこんなとこにいるんだよ」
「べ、別に」
慌てて指輪を握り込む。
でも遅かった。
湊の視線が私の手元へ落ちる。
「それ、何」
「なんでもない!」
「見せて」
「やだ」
「なんで隠すんだよ」
湊が手を伸ばした。
反射的に引いた拍子に、指輪が指先から落ちる。
カラン。
乾いた音が境内に響いた。
湊が先に拾った。
「……指輪?」
「返して」
「MINATO & SANA……?」
刻印を読んだ瞬間、湊の表情が消えた。
「これ、どうした」
声が低い。
「なんで俺の名前が入ってる」
答えられない。
未来のあなたが持ってきました、なんて。
「答えろよ、紗奈」
久しぶりに名前を呼ばれて、胸が跳ねた。
「……今は言えない」
「は?」
「でも、私も聞きたいことがある」
「なんだよ」
「湊、私に何か隠してるでしょう」
その瞬間。
湊の右手が、無意識に右耳へ触れた。
――やっぱり。
「別に、何も」
「嘘」
「嘘じゃねえよ」
「右耳」
湊が、はっと自分の手を見る。
昔から変わらない。
緊張したとき。
そして、嘘をついたときの癖。
「……くそ」
小さく舌打ちして、湊は指輪を私の手に押し返した。
「知らねえ。勝手にしろ」
足早に去っていく背中。
その背中を見ながら、私は確信した。
私だけじゃない。
湊も何かを怖がっている。
そしてきっと、その秘密は――私の十八歳の誕生日につながっている。
未来の湊の言葉が、頭から離れなかった。
翌日も、その翌日も。
だから私は、懲りずに湊へ話しかけ続けた。
「おはよ」
「……うるさい」
「今日、体育あるよね。ペア誰にする?」
「知らない」
「一緒にやろ」
「嫌だ」
即答。
それでも、逃げはしない。
昔の湊なら、本気で面倒になったら私を置いてさっさと行ってしまった。
今はただ、目を合わせないだけだ。
「……なあ」
三日目。
とうとう湊の方が振り返った。
「お前、なんなの」
「なにが」
「急に話しかけてくるようになった」
「気まぐれ」
「気持ち悪い」
「うるさいなあ」
笑って返したけれど、胸の中では心臓が忙しかった。
七年後の湊が、私を抱きしめたときの顔を知ってしまったから。
目の前にいる十七歳の湊が、どれだけ冷たくしても。
その奥に、同じ人がいるように思えてしまう。
*
昼休み。
「紗奈、なんか変だよ」
美月が疑わしそうに私を見た。
「なにが」
「朝倉くんに、めちゃくちゃ話しかけてる」
「そう?」
「昨日まで避けてたのに」
「気が変わったの」
「怪しい」
美月は目を細める。
「なんかあったでしょ」
鋭い。
「……ちょっとね」
「なになに!」
「言えない」
「ええー」
制服のポケットには、あの指輪が入っている。
未来から来た二十四歳の湊。
六年後の日付が刻まれた指輪。
そして、四か月後に私が死ぬという警告。
口に出して並べてみれば、我ながら信じられない話だった。
怖くないわけじゃない。四か月後に自分が死ぬなんて、考えるだけで指先が冷たくなる。
それでも真っ先に浮かぶのは、自分の死より、七年後の湊が見せた泣きそうな顔だった。あんな顔を、もう一度させたくない。今は、それだけでも十分だった。
「まあいいや。朝倉くんと仲直りするなら、私は応援する」
「仲直りって、別に」
「照れなくていいって」
「照れてない」
美月は、にやにやしながらストローを咥えた。
*
放課後。
私はまた、あの神社へ向かった。
石段を上がると、あの日の豪雨が嘘みたいに境内は静かだった。
社務所の脇に、古びた説明板が立っている。
今まで何度も見ていたはずなのに、なぜかその日だけ文字が気になった。
――この社の御神木は、古くより「結びの木」と呼ばれる。
――強く結ばれた縁は、時さえ越えると伝わる。
「……時を越える、ね」
昨日までなら笑っていた。
今日は笑えない。
御神木の根元に立ち、指輪を取り出す。
銀色の輪が、夕方の光を鈍く返した。
何気なく内側を指でなぞると、刻印の脇にほんの小さな引っかかりがあった。
傷だろうか。気に留めるほどでもなく、私はすぐに指を離した。
**MINATO & SANA**
「本当に、結婚するの?」
返事はない。
ただ、葉が揺れた。
そのとき。
「――何やってんの」
背後から声がした。
振り返る。
制服姿の湊が、怪訝な顔で立っていた。
「な、なんでここに」
「近道。お前こそ、なんで一人でこんなとこにいるんだよ」
「べ、別に」
慌てて指輪を握り込む。
でも遅かった。
湊の視線が私の手元へ落ちる。
「それ、何」
「なんでもない!」
「見せて」
「やだ」
「なんで隠すんだよ」
湊が手を伸ばした。
反射的に引いた拍子に、指輪が指先から落ちる。
カラン。
乾いた音が境内に響いた。
湊が先に拾った。
「……指輪?」
「返して」
「MINATO & SANA……?」
刻印を読んだ瞬間、湊の表情が消えた。
「これ、どうした」
声が低い。
「なんで俺の名前が入ってる」
答えられない。
未来のあなたが持ってきました、なんて。
「答えろよ、紗奈」
久しぶりに名前を呼ばれて、胸が跳ねた。
「……今は言えない」
「は?」
「でも、私も聞きたいことがある」
「なんだよ」
「湊、私に何か隠してるでしょう」
その瞬間。
湊の右手が、無意識に右耳へ触れた。
――やっぱり。
「別に、何も」
「嘘」
「嘘じゃねえよ」
「右耳」
湊が、はっと自分の手を見る。
昔から変わらない。
緊張したとき。
そして、嘘をついたときの癖。
「……くそ」
小さく舌打ちして、湊は指輪を私の手に押し返した。
「知らねえ。勝手にしろ」
足早に去っていく背中。
その背中を見ながら、私は確信した。
私だけじゃない。
湊も何かを怖がっている。
そしてきっと、その秘密は――私の十八歳の誕生日につながっている。

