私のことを嫌いなはずの幼なじみが、 未来から結婚指輪を持ってきた

「あいつから離れるな」
未来の湊の言葉が、頭から離れなかった。
翌日も、その翌日も。
だから私は、懲りずに湊へ話しかけ続けた。
「おはよ」
「……うるさい」
「今日、体育あるよね。ペア誰にする?」
「知らない」
「一緒にやろ」
「嫌だ」
即答。
それでも、逃げはしない。
昔の湊なら、本気で面倒になったら私を置いてさっさと行ってしまった。
今はただ、目を合わせないだけだ。
「……なあ」
三日目。
とうとう湊の方が振り返った。
「お前、なんなの」
「なにが」
「急に話しかけてくるようになった」
「気まぐれ」
「気持ち悪い」
「うるさいなあ」
笑って返したけれど、胸の中では心臓が忙しかった。
七年後の湊が、私を抱きしめたときの顔を知ってしまったから。
目の前にいる十七歳の湊が、どれだけ冷たくしても。
その奥に、同じ人がいるように思えてしまう。

昼休み。
「紗奈、なんか変だよ」
美月が疑わしそうに私を見た。
「なにが」
「朝倉くんに、めちゃくちゃ話しかけてる」
「そう?」
「昨日まで避けてたのに」
「気が変わったの」
「怪しい」
美月は目を細める。
「なんかあったでしょ」
鋭い。
「……ちょっとね」
「なになに!」
「言えない」
「ええー」
制服のポケットには、あの指輪が入っている。
未来から来た二十四歳の湊。
六年後の日付が刻まれた指輪。
そして、四か月後に私が死ぬという警告。
口に出して並べてみれば、我ながら信じられない話だった。
怖くないわけじゃない。四か月後に自分が死ぬなんて、考えるだけで指先が冷たくなる。
それでも真っ先に浮かぶのは、自分の死より、七年後の湊が見せた泣きそうな顔だった。あんな顔を、もう一度させたくない。今は、それだけでも十分だった。
「まあいいや。朝倉くんと仲直りするなら、私は応援する」
「仲直りって、別に」
「照れなくていいって」
「照れてない」
美月は、にやにやしながらストローを咥えた。

放課後。
私はまた、あの神社へ向かった。
石段を上がると、あの日の豪雨が嘘みたいに境内は静かだった。
社務所の脇に、古びた説明板が立っている。
今まで何度も見ていたはずなのに、なぜかその日だけ文字が気になった。
――この社の御神木は、古くより「結びの木」と呼ばれる。
――強く結ばれた縁は、時さえ越えると伝わる。
「……時を越える、ね」
昨日までなら笑っていた。
今日は笑えない。
御神木の根元に立ち、指輪を取り出す。
銀色の輪が、夕方の光を鈍く返した。
何気なく内側を指でなぞると、刻印の脇にほんの小さな引っかかりがあった。
傷だろうか。気に留めるほどでもなく、私はすぐに指を離した。
**MINATO & SANA**
「本当に、結婚するの?」
返事はない。
ただ、葉が揺れた。
そのとき。
「――何やってんの」
背後から声がした。
振り返る。
制服姿の湊が、怪訝な顔で立っていた。
「な、なんでここに」
「近道。お前こそ、なんで一人でこんなとこにいるんだよ」
「べ、別に」
慌てて指輪を握り込む。
でも遅かった。
湊の視線が私の手元へ落ちる。
「それ、何」
「なんでもない!」
「見せて」
「やだ」
「なんで隠すんだよ」
湊が手を伸ばした。
反射的に引いた拍子に、指輪が指先から落ちる。
カラン。
乾いた音が境内に響いた。
湊が先に拾った。
「……指輪?」
「返して」
「MINATO & SANA……?」
刻印を読んだ瞬間、湊の表情が消えた。
「これ、どうした」
声が低い。
「なんで俺の名前が入ってる」
答えられない。
未来のあなたが持ってきました、なんて。
「答えろよ、紗奈」
久しぶりに名前を呼ばれて、胸が跳ねた。
「……今は言えない」
「は?」
「でも、私も聞きたいことがある」
「なんだよ」
「湊、私に何か隠してるでしょう」
その瞬間。
湊の右手が、無意識に右耳へ触れた。
――やっぱり。
「別に、何も」
「嘘」
「嘘じゃねえよ」
「右耳」
湊が、はっと自分の手を見る。
昔から変わらない。
緊張したとき。
そして、嘘をついたときの癖。
「……くそ」
小さく舌打ちして、湊は指輪を私の手に押し返した。
「知らねえ。勝手にしろ」
足早に去っていく背中。
その背中を見ながら、私は確信した。
私だけじゃない。
湊も何かを怖がっている。
そしてきっと、その秘密は――私の十八歳の誕生日につながっている。