今日も悪魔に恋してる 〜塩対応な先輩は、絶対に好きと囁かない~

フロアのブラインドから、夕日が細く漏れてきた頃。
あたしは軽く伸びをして、パソコンの電源を落とした。
山根さんはまだ少し残業するそうなので、差し入れも兼ねて、休憩室に向かう。
ふと周囲を見渡すと、他のフロアにもまだ人影がある。
キーボードを叩く音も、あちこちから聞こえていた。
 
(……佐久間主任も残業かなぁ)
 
休憩室には、見慣れた長身がいた。 
まだ仕事中なのか、デニムシャツに社員証を下げたままだ。
 
「佐久間主任、お疲れさまです」
「お疲れ」

腕組みしたまま、無糖の缶コーヒーを持つ姿が、まるで一枚の絵みたいに様になっている。
見惚れそうなのを誤魔化すように、自販機のボタンを押した。

(言うなら……今だよね?)

周りに誰もいないのを確認し、コーヒーを飲んでいる主任のところに行く。   
  
「あの……LINE……交換しませんか?」
「何で」
「何でって……付き合ってるからです!」
「会社で会うやろ」
「そうですけどっ……外でも会いたい……です」
「……スマホ出せ」

お互いのスマホをかざして、連絡先を交換した。 
画面に表示された名前を見る。
『佐久間 洸輝』
朝は社内メールでこっそり見つけた名前が、今はあたしのスマホの中にある。
それだけなのに、胸の奥がくすぐったいほど高鳴った。
 
「……嬉しいっ」

主任の目が、ほんの少しだけ細くなる。
次の瞬間、シトラスと煙草の香りが近づいた。 
ぽすっ。
頭に乗ったものを取る。
 
「……チョコ」
「いらん?」
「いりますけど……」
「じゃあな」
 
情シスの悪魔は、やっぱり浮かれてなんかいない。
その証拠に、恋人がいるのにもう休憩室から出ていってる。 
 
(でも……夢じゃない)
 
手の中には、キャンディ包みのチョコレートがおさまっている。
  
朝まで、夢なんじゃないかと思っていた。
昼には、何も変わっていないと思った。
でも——。
手の中のチョコを握る。
 
(……夢じゃない)

霞的よりずっと遠いと思っていた距離が、ほんの少しだけ近づいた気がした。