今日も悪魔に恋してる 〜塩対応な先輩は、絶対に好きと囁かない~

そう言って、佐久間主任はタバコを灰皿に押しつけた。
消えた場所から伸びる煙を見つめたまま、静かな声が耳に届く。 

「……俺と付き合っても、お前が欲しいもんはやれへんで」
「欲しいもの?」
「好きとか。そういうん」
「……」
「それでもええなら——」

佐久間主任が、しばらくあたしを見つめた。
何かを測るような、迷っているような。
やがて、長い指が三本立つ。
  
「三ヶ月」
「え……?」
「三ヶ月だけなら、付き合ったる」
「短い……なんで三ヶ月なんですか?」 
「……」
「……キスもするんですか?」
「待て。お前無理やろ」
「バカにしないでください!恋人なら……しますよね?キス……」  
「キスだけちゃうわ。何なら——」

佐久間主任の長い指が、あたしの胸元から腰、その先へとゆっくり宙をなぞる。
触れられていないはずなのに、熱を帯びて息が狂いそうになる。
    
「覚悟あんの?」 
「……それでも、付き合いたいです」
「ほんまに?」
「はい」
 
佐久間主任が、ほんの少しだけ目を細めた。
 
「なら、最初に決めとこか」
「……何をですか?」
「嫌なことはせぇへん。お前が決めろ」
「え……?」

まるで、悪魔と契約するかのように。
彼の後ろには、満月が煌々と浮かんでいる。  
  
「ほら、選びや。『待て』か、『キス』か。」

佐久間主任は腕を組み、楽しそうに首を傾げる。 
けれど、その目だけは笑っていなかった。
 
(……そんなの、決まってる)

あたしが出した答えは——。

答えるより先に、一歩前に踏み出す。
一段だけ登って縮まった距離の勢いで、主任の胸元を引っ張った。

「っ……!」
  
憧れたシチュエーションとは程遠いのに。
初めて触れた熱は、今まで感じたことがないほど柔らかくて、眩暈がした。

「……正気か」
「だって……選べって言ったじゃないですか」
「……せやな」 

月明かりの下、漆黒の瞳がほんの一瞬だけ揺れた。
嘘みたいな近さに、まじまじと顔を見つめる。
  
「……あ」
 
唇に残った熱を自覚した途端、顔が一気に熱くなる。
 
「……あたし、キスした」
「したな」
「初めてだったのに……!」
「知らんわ」

素っ気ない返事に、思わずジト目で見上げた。
表情ひとつ変えない主任が、ほんの少し恨めしい。
 
「主任がキスしろって言ったんじゃないですか……!」
「選んだんはお前やろ」
 
佐久間主任は煙草を取り出しかけて、なぜかその手を止めた。
  
「……何ですか」
「帰るで」
「え?」
「送る」
 
(今、「送る」って言った……?)

聞き慣れない単語に、思わず耳がこそばゆい。
ポケットの中には、まだ食べていないチョコがある。
 
「……佐久間主任」
「早よ来い」
 
悪魔の言葉は、やっぱり冷たい。
なのに今度は、不思議と泣きたくならなかった。