初めてのボーナスに浮かれている間もなく、夏の繁忙期に会社全体が追われていた。
あちらこちらでコピー機はフル稼働。
電話もいつもより鳴りっぱなしだ。
このフロアも、ざわめきと色んな音がひしめき合っている。
「はい。助かります、それでは納期を今週末でお願いいたします」
受話器を置いて、大きく息を吐いた。
「山根さん、先方からOKでましたっ」
「それじゃ至急、営業部の棚橋さんにメールして。あと、これも入力頼むね」
山根さんから束になった伝票を預かり、管理表を開く。
(あ……)
あの日以来、佐久間主任とは会社でも会っていない。
そもそもフロアの階も違うし、納品に行っても彼の姿は無かった。
(……別にいいけど)
そう言い聞かせて、寂しいと思う自分を軽くいなして、入力していく。
目処が立ったので、甘い飲み物が欲しくて休憩室に向かった。
すると、その隣の喫煙ルームでひときわ背の高い男性が目に入る。
(え……?なんで?!)
ダークグレーのノーカラーシャツ姿の佐久間主任が、悠然と煙を吐いている。
情シス部は別の階で、そこの喫煙ルームが近いはず。
そんな疑問よりも先に、あたしの足は止まり、視線を外せなくなっていた。
(……会えた)
そう思った瞬間、胸の奥がふわっと軽くなる。
(え……?)
自分の反応に、自分が一番戸惑った。
ふいに、あの漆黒の瞳がこちらを向く。
(……あ、目が合った)
佐久間主任の唇が動いた。
『なに?』
厚いガラスに遮られて、声は聞こえない。
「……え?」
思わず首を傾げると、主任がタバコを持ったまま、もう一度口をゆっくり動かした。
『見・て・る・や・ろ』
(……??)
今度は何となく分かったような、分からないような。
眉を寄せていると、主任が小さく息を吐いた。
その数秒後、喫煙ルームの扉が開く。
シトラスに混じったタバコの香りが、冷房の効いた廊下にふわりと流れた。
「さっきから見てるやろ」
「あ……すみません!」
「なんで謝んねん」
呆れたように言いながら、主任の視線があたしの腕の中にあるアイスココアへ落ちる。
「……?」
すると、頭の上に、何かが乗った。
「え?」
手を伸ばして取ってみると、キャンディ包みのチョコレート。
(……このチョコ、主任の机にあったやつ)
「あの、これ……」
佐久間主任は答えないまま、喫煙ルームに戻った。
そして、こちらを見ることもなく、煙草を咥えて火をつけている。
「……くれるんですか?」
『いらんなら返せ』
声は聞こえなくても、唇の動きで何となくわかった。
「いりますっ!」
咄嗟にチョコを握りしめる。
すると主任の口元が、ほんの少しだけ動いたような気がした。
一礼して、自分のデスクに戻る。
(……また、分かんなくなった)
手の中のチョコは、ほんのり主任の匂いがした。
あちらこちらでコピー機はフル稼働。
電話もいつもより鳴りっぱなしだ。
このフロアも、ざわめきと色んな音がひしめき合っている。
「はい。助かります、それでは納期を今週末でお願いいたします」
受話器を置いて、大きく息を吐いた。
「山根さん、先方からOKでましたっ」
「それじゃ至急、営業部の棚橋さんにメールして。あと、これも入力頼むね」
山根さんから束になった伝票を預かり、管理表を開く。
(あ……)
あの日以来、佐久間主任とは会社でも会っていない。
そもそもフロアの階も違うし、納品に行っても彼の姿は無かった。
(……別にいいけど)
そう言い聞かせて、寂しいと思う自分を軽くいなして、入力していく。
目処が立ったので、甘い飲み物が欲しくて休憩室に向かった。
すると、その隣の喫煙ルームでひときわ背の高い男性が目に入る。
(え……?なんで?!)
ダークグレーのノーカラーシャツ姿の佐久間主任が、悠然と煙を吐いている。
情シス部は別の階で、そこの喫煙ルームが近いはず。
そんな疑問よりも先に、あたしの足は止まり、視線を外せなくなっていた。
(……会えた)
そう思った瞬間、胸の奥がふわっと軽くなる。
(え……?)
自分の反応に、自分が一番戸惑った。
ふいに、あの漆黒の瞳がこちらを向く。
(……あ、目が合った)
佐久間主任の唇が動いた。
『なに?』
厚いガラスに遮られて、声は聞こえない。
「……え?」
思わず首を傾げると、主任がタバコを持ったまま、もう一度口をゆっくり動かした。
『見・て・る・や・ろ』
(……??)
今度は何となく分かったような、分からないような。
眉を寄せていると、主任が小さく息を吐いた。
その数秒後、喫煙ルームの扉が開く。
シトラスに混じったタバコの香りが、冷房の効いた廊下にふわりと流れた。
「さっきから見てるやろ」
「あ……すみません!」
「なんで謝んねん」
呆れたように言いながら、主任の視線があたしの腕の中にあるアイスココアへ落ちる。
「……?」
すると、頭の上に、何かが乗った。
「え?」
手を伸ばして取ってみると、キャンディ包みのチョコレート。
(……このチョコ、主任の机にあったやつ)
「あの、これ……」
佐久間主任は答えないまま、喫煙ルームに戻った。
そして、こちらを見ることもなく、煙草を咥えて火をつけている。
「……くれるんですか?」
『いらんなら返せ』
声は聞こえなくても、唇の動きで何となくわかった。
「いりますっ!」
咄嗟にチョコを握りしめる。
すると主任の口元が、ほんの少しだけ動いたような気がした。
一礼して、自分のデスクに戻る。
(……また、分かんなくなった)
手の中のチョコは、ほんのり主任の匂いがした。



