今日も悪魔に恋してる 〜塩対応な先輩は、絶対に好きと囁かない~

そう思ったはずなのに。 
距離が少しずつ離れていく背中を見ていたら、口が勝手に動いていた。

「佐久間主任!」

呼びかけに、渡りきった主任の足が止まる。
ゆっくり振り返った漆黒の瞳が、真っ直ぐにあたしを捉えた。
まるで、的の中心を射抜くみたいに。
 
「……何?」

急いで横断歩道を渡ったせいで、肩で息をしながら横に立つ。
  
「主任もこの辺来るんですね」
「まあ」
「今日は買い物ですか?」
「見たら分かるやろ」

(……分かってたけど、塩対応っ!)
 
すると佐久間主任が、あたしの弓具を指差す。
 
「それ、弓?」
「はい!大学のOB射会で――」

佐久間主任から、仕事以外のことを聞かれたのは初めてだ。 
思わぬ展開に、ちょっと嬉しくなってしまう。
気づけば、あたしは弓について熱く語っていた。

「——だから、近的の28メートル先でも、放つと一瞬なんですっ!遠いようで近い」  
「そう」 
「……すみません、喋りすぎました」

生ぬるい夕暮れの風が、あたしたちの間を吹き抜ける。
いつもより無造作な主任の黒髪が、夕暮れに反射してキラキラしていた。

(キレイな髪……あ、揺れてふわふわしてる)

何となく眺めていると、駅の入り口が見えてきた。    
 
「あ、あたしこっちなんで——」

名残惜しさと一緒に、ぺこりと頭を下げる。
  
「お疲れさまです」
「ん」

そのまま佐久間主任は、人波の中を歩いて行った。 
会社の外で会えたから。 
ほんのちょっとだけ。
あの『お疲れ』を期待したけれど、悪魔はそう優しさを見せないみたいだ。  

「もっと話してみたかったなぁ……」

『遠いようで近い』
 
さっき自分でそう言ったはずなのに。
佐久間主任との距離は、霞的よりずっと遠くに思えた。