全てあなたに捧げるために




─水無瀬家の家訓『主人のために生きて、死ね』

それは、翠の父親とは相容れないものだったという。

『あいつが我が家の姓を、水無瀬を名乗っていることすらも腹立たしい』

そう呟く祖父らしき男を昔、翠は見た。
その後、父は水無瀬から、三澄(ミスミ)になった。

母の家に、婿入りしたのだろう。
まるで付き物が落ちたように笑った父は、『翠には本当に申し訳ないんだけど、そろそろ、お引越しをしなくちゃね』と、寂しそうに言った。

水無瀬家は父にとって窮屈な場所で、解放されたくて、戦っている間、翠は祖父が手を出せない御三家に遊びに行かされていた。

楽しい思い出だったと思う。
5歳年上の、御三家の御子息、御息女。
礼儀は大切にね、と、父に言われていた翠の緊張を吹き飛ばすような、彼らの気さくな態度に、翠はすぐに懐いた。

翠の役目は、3歳下の桐生家御息女・桐生玻璃(ハリ)様の遊び係で、今思えば、桐生家の旦那様は父と仲良くしてくださっていたから、祖父から逃がしたいという父の希望に沿って考えてくれたのだと思う。

─長年の躾で、記憶が曖昧になってしまっているが、玻璃様と遊んでいると、訪ねてきてくださった来栖家と東雲家のお二方は穏やかで、本当に優しかった。