「─……何かを願っていいなんて、そんな風に育っていないんです。何もかもどうでも良くて、何もかもいらないって、そう思いながら生きてきたあの日、私は貴方に出会って、貴方のそばに居たいと思った」
「……」
グラスを持つ手に、力がこもる。
「だから、今、願いがあるとすれば、貴方が息絶えるその日まで、私はあなたのそばに居たい」
─叶わない願いだって、わかってる。
だって、彼はいつか結婚するのだから。
「専属は解消されるでしょう。けど、奥様が桐生家には置いてくださると仰ってくれて。だから、こんな風にお役に立つことは出来なくなるでしょうが、透雅様の御子様と遊んだりとか……ああ、でも、透雅様の奥様が嫌がるでしょうか」
結婚なんて、翠自身は考えたことがなかった。
この三ヶ月間、世の中の恋人や夫婦はこんなにも心満たされて、幸せで、泣きたくなるような日々を過ごしているのかと思うと、少し羨ましくなるほど。
「私が、男で産まれていたなら」
それはずっと、翠の中で燻っている想い。
「そうしたら、死ぬまであなたのお傍にいれたのに」
女だから、主人である透雅様と性別が違うから。
それだけの理由で、翠は死ぬまで透雅様のそばにいれない。だからこそ、祖父は翠を来栖桂華様の専属になるよう、働きかけようとしていた。
誇りのある仕事を、性別が理由で途中で中断しなければならないなんて情けなく、水無瀬家の恥だから。
(だからこそ、祖父母は父を執事にしたかった)
でも、父はそうはならなかった。
もう、父の顔も母の顔も、声も、日々も消え去って、これから先も会うことは無いのだろう。
昔はよく泣いていたが、今、それにあまり寂しさを感じないでいられるのは、透雅様のお陰だ。


