─端的に言えば、透雅様との契約結婚は上手くいった。
開始してから、3ヶ月。
透雅様の正妻の座を狙っていたお嬢様方や、その家には睨まれたり、敵意を向けられたりしたが、翠が何かを気にする前に、全て透雅様が守ってくれた。片付けてくれた。
何があってもそばを離れない透雅様に、『妻であり、俺の専属執事なんだから。邪魔だなんて思うかよ』そう言われ、一時も離れず、行動する日々。
ご飯を一緒に食べたり、買い物をしたり、映画を見たり、ただの散歩をしたり。
─……翠が経験したことがないことを、透雅様は楽しそうに経験させてくれた。
あまりにも満たされすぎていて、楽しくて、その日々に幸せを感じている自分に危機感を抱いてはいるのに、透雅様に微笑みかけられて、手を差し出されたら、その手を拒絶することなんて出来なくて。
自分の弱さを実感して、翠は何度も泣きそうになって。
「─なあ」
「どうされましたか」
「欲しいものないの、翠」
透雅様の命令で、ソファーで一緒に寛いでいた時。
透雅様はTVを見ながら、訊ねてきた。
「欲しいもの、ですか?」
「うん」
「……特には」
欲しがることはやめた。
無くした時に、悲しくて仕方がないから。
今思うとすれば、この生活を失くしたくないなんて、そんな不相応でわがままなことくらいだ。
「それで、つまらなくないのか」
─私欲を持ってはいけないの。
執事は、主の欲を叶える存在なのだから。
そう繰り返し言った祖父。
心が、身体が、覚えている。
「そんなことは」
翠が表情も変えずに言うことが、彼は気に入らないのだろう。少し不機嫌そうになって、翠は困ってしまう。


