「……ウォークインクローゼットですか、これ」
「うん。全部おまえの」
「っ、正気ですか……?」
目の前に広がったのは、コの字型のクローゼット。
大人ふたり入っても広々としているそこには、20足は超えているであろう靴や様々な形状のバッグ、吊るされている服は数えるのも目視で難しく、全体的に20以上はありそうな引き出しには、何が入っているのか、想像したくもない。
「ああ、アクセサリーはここな」
そう言われて、引き出しをひとつあける。
そこには誰もが知る有名ブランドから、透雅様が愛用するブランドまで様々なアクセサリーが収納されていて。
「な、なんでこんな……」
全部新調したと聞いていた。
この部屋だけでいくらかかったのか、なんて、聞きたくないが、震える手は止まらない。
「契約とはいえ、暫くは俺の妻なんだ。当然だろ?」
そう言われて、頭を撫でられる。
幼い頃から一緒にいたが、この金銭感覚は御三家の当主となる透雅様にとって正常なのか、ちょっとわからない。
『大変かもだけど、透雅のこと、お願いね』
奥様にそう微笑まれた時、ある程度のことは慣れていたから、大丈夫だと思って、『大丈夫です』なんて応えたけど……言わなければ良かった。
まさか、初手でこれが来るなんて。
(……ああ、でも、透雅様の本当の妻になる人は、彼に愛される人は、死ぬまでこの方から特別なものを頂くんだ)
それは少し、羨ましいと感じてしまう。
そんな浅ましい自分が嫌で、翠は頷くことしか出来なくて。
「ん。じゃあ、これとこれと─……」
どこか楽しそうに、クローゼット内を物色する透雅様。
「今日は荷解きをするからな〜」
それなら、執事服のままの方が良いのではないかと思ってしまったが、翠は何も言えなかった。
何故なら、透雅様がとても楽しそうだったから。
(……思い上がりたくなんてないのに)
翠が望んだら、壊れてしまうのだから。
水無瀬翠は執事。桐生透雅様の専属。
翠の役目は、透雅様が幸せになれるように手を尽くすこと。
「─ほら、これに着替えて」
「はい」
……だから、不相応な願いは捨てて。
お願いだから、早く溶けて消えて欲しい。


