そのまま、身を攫うように腰を抱かれて。
─彼は何故か、翠の肩口に顔を埋めた。
「……何か、ございましたか」
「ん〜」
「来栖桂華様とは旧知の仲ですし、問題ないかと思ったのですが─……」
お見合いをしたくないと言った透雅様。
でも、周囲は虎視眈々と彼の正妻の地位を狙っている。
彼が放っておいてくれと願っても、周囲は放っておいてはくれないから、透雅様の短くても、安寧の時間を守れるならば、と、翠は来栖桂華様とのお見合いを勧めた。
「─うん、問題は無いよ」
はあ、と、溜息をつきながら顔を上げた透雅様は長くなった前髪を片手でかきあげながら、「ただ……」と続ける。
「そろそろ身を固めなくちゃならないな、と、桂華とは話してきた」
「……」
「俺も桂華も24になるもんな。……確かに、周囲がうるさくなってきた理由もわからんでもない。だからと言って、従ってやるのも癪に障るが」
チッ、と、面倒臭そうに舌打ちをする透雅様。
「好きでもない相手と結婚するなんて」
「来栖桂華様とお話がまとまったわけでは」
「ないよ。あっちも御三家だから。そんなに簡単な問題じゃないことくらい、わかるだろ?」
優しい瞳。優しい手。
その手に頭を撫でられると、昔を思い出してしまう。
「─なあ、翠」
「……なんでしょう」
彼が結婚に前向きになっているのは良いこと。
なのに、どうして、こんなにも胸が痛いのだろう。
「おまえ、俺のそばに居たい?」
「っ、勿論です!あなたにお仕えすることだけが、私の」
「あー、別にクビにするわけじゃないから、落ち着け」
嫌だ。嫌だ。透雅様の傍から離れたくない。
透雅様は翠にとっての光、生きる意味。
それを失ってしまったら、私は─……。
「俺もさ、おまえが可愛いの。優秀だし、手離したくないよ。俺の執事だからね。─だからこそ、俺に協力して欲しいんだけど」
「な、なんでも致します!透雅様が望まれることなら」
どこか寂しそうな微笑み。
それの意味を、翠には理解できないけれど。
「翠、俺が幸せになるために『契約結婚』の相手をしてくんない?」
頬に触れられ、涙を拭われた。びっくりして溢れてしまった感情を、彼の綺麗な指がなぞる。
「ん?」と、微笑みながら、首を傾げる透雅様。
(私は昔から、この人に魅せられている)
─翠は頷いた。拒絶したくなかった。
この人のお役に立って、そばに居たかった。
隣には立てないから。……きっと、壊れてしまうから。
『全ては、主様のために』
祖父母からの教えに従い、今日もあなたに。
「─わかりました。私にできることなら」
あなたの為なら、例え、この命に代えても。


