全てあなたに捧げるために




必要なことだけをしていればいい。

だって、この身は、命は、主人のものなのだから。

何もいらない。─だって、必要ないから。

『主人に、最大限尽くしなさい』

─……言葉を必要以上、発さなくなった。

涙を流すことはなくなった。

笑うことも出来なくなった。

暗い日々。心など動かない、灰色の毎日。

淡々と日々をこなすだけの、人生。

それで良かった。

もう何も、失いたくなんてなかったから。

おじい様みたいな執事になって、

主人にお仕えして、死んでいく。

それが全てだと信じていた。

─それが、それこそが、自分の幸福なのだと。


「─翠?」


だから。だからね、貴方に会いたくなかった。

ただの水無瀬翠を、知っているあなたに。

初めて会った時みたいに、眩しくて。
来栖様や東雲様と、玻璃様を囲んで遊んでいた日々。

いそがしい中、時折顔を見せていた玻璃様のお兄様。

『お兄様、格好良いでしょ』

口元を押さえ、ニコニコと教えてくれた玻璃様。

(お兄様……)

ひとりっ子だった翠が、羨ましかった存在。

─……今は、昔の私を知る、眩しい憧れの人。
美しい人。初めて、見とれてしまった相手。

脳裏に焼き付いた、幼きあの日々は色褪せず。
貴方は眩しいまま、記憶の宝箱の中にいた。

そこにはどうか触れないで。二度と出さないから。
望まないから。暴かないで。
あの日々をまた、なんて、口が裂けても言わないから。