どこかで、誰かの恋がはじまる

どこかで、誰かの恋がはじまる

えー、本日はお日柄もよく、皆様お誂え向きの陽気で。さて、今日はひとつ、若い男女の惚れた腫れたの噺を、一席申し上げます。

長屋に住む八はち五ご郎ろうという若者、これがまあ、惚れっぽいのなんの。ある日、隣に越してきたお花はなという娘に、一目惚れをいたしました。
「ご隠居、あっしゃもう、駄目でございます。夜も眠れねえ、飯も喉を通らねえ」
「そりゃお前、恋の病だ。相手に気持ちを伝えりゃあ、すぐに治る病だよ」
「そうは仰いますがね、あっしゃそういうのが、からっきし苦手で」
ご隠居、これを聞いて、ポンと膝を打ちました。
「よし、それならワシが一計を案じてやろう。お花さんに、こう言うんだ。『あなたのことを想うと、心の臓が早鐘のように鳴ります』とな。粋な口説き文句だろう」
八五郎、これを丸暗記して、勇んでお花のところへ出かけていきました。
「お、お花さん、あの、あなたのことを想うと」
「はい」
「その、心の臓が」
「はい」
「早起きするように、なりました」
「……早鐘、じゃなくてですか?」
「あ、そうだ、早鐘だ! すいやせん、緊張のあまり」
お花、これを聞いてクスクス笑い出しました。
「八五郎さん、そんなに緊張しなくても。私も、実はあなたのこと、憎からず思ってましたよ」
「へ? そりゃ本当で?」
「ええ。だって、毎朝、うちの前の掃除、私が起きる前にこっそりやってくれてたでしょう。気づかないとでも思いました?」
八五郎、これにはすっかり照れてしまい、頭をぽりぽり。
「いやあ、あれは、その、早起きが趣味なだけで」
「早起きが趣味な人が、うちの前だけ掃除するんですか」
「……バレてやしたか」
お花、ニッコリ笑って、こう申しました。
「これから先も、その早起きの趣味、続けてもらえますか。二人分の、朝ごはんの支度をしながら、待ってますから」
これを聞いた八五郎、あまりの嬉しさに、心の臓がまた早鐘――いや、今度は本当に、飛び上がって喜んだそうで。
長屋中がこの噂で持ちきりになり、ご隠居曰く、
「めでたし、めでたし。だが八五郎、これからは早鐘と早起き、間違えるんじゃないぞ」
「へえ、肝に銘じます。……あ、でも今度は本当に、早起きして、お花さんの隣で目覚めたいもんで」
「――お前さん、それは惚気というものだよ」

とんだ惚気話でお後がよろしいようで。