初夏の風が縁側の風鈴をそっと揺らし、涼やかな音が、木造の家の中に優しく響く。
五歳の私は、祖母の膝の上にちょこんと座り、絵本のページがめくられるたびに胸をときめかせていた。
絵本の中の娘たちは、いつも誰かに愛されて幸せになっていく。
王子様に見初められる娘。
危機を救って村人に愛される娘。
自分から愛することで、限りない愛情を注がれる、そんな物語。
祖母は、いつも穏やかな声で読み聞かせてくれた。
私はうっとりと聞き入りながら、絵本の中の〝幸せ〟を、幼い胸いっぱいに吸い込んでいた。
絵本を読み終えると、祖母は私の髪をそっと撫でる。
『李茉はね、王子様に愛される子になるよ』
『ほんと?』
目を輝かせる私に、祖母はやさしく微笑んだ。
『愛される子はね、どんな困難も乗り越えられるんだよ』
その言葉は、幼い私の胸にすとんと落ちて、そのまま根を張った。
──愛されることが幸せ。
──愛があれば、困難を乗り越えられる。
──結婚する相手は、自分を愛してくれる人がいい。
その価値観は大人になった今も、私の心の奥で静かに息づいている。
二十八歳になった私は、幼稚園の教諭として働いていて、毎日園児たちに囲まれながら絵本を読んでいると、あの頃の祖母の声が不意に蘇る。
「りませんせい、もっとよんで~!」
「うたも、うたいたーい!」
園児たちの笑顔は、私がこの仕事を好きでいられる理由の一つ。
そして──祖母の言葉は、今も私の胸の中にある。
〝愛される結婚がしたい〟ずっとそう願ってきた。
だけど──私の前に現れたのは、愛を囁いてくれる王子様ではなかった。
大金を掲げて契約結婚を迫る、拝金至上主義の最低な王子様だった。
その瞬間、私の世界は――大きく揺れ始めた。



