Fahrenheit Ⅳ


「今日はありがとうございました。みっともないところばかり見せてしまって」と緑川さんは赤く腫らした目を揺らしながらあたしを見送ってくれた。


「いいえ。ひとまず体の病気ではなく安心しましたが、この先寒くなるので十分気を付けて」と言い家を辞去するとマンションの駐車場に『神流グループ』と書かれたロゴを張り付けた社用車を発見してあたしは慌てて生垣に身を隠した。


思った通り運転手は二村さんで、きっと緑川さんのご機嫌取りに来たに違いない。と思った。


あたしが使用した社用車は幸いにも緑川さんのマンションから少し離れたコインパーキングに駐車している。


二村さんは慣れた様子で緑川さんのマンションの駐車場の一つに車を駐車させるとエントランスロビーのキーパッドで恐らく緑川さんの部屋を押しているのだろう。


しばらく様子を見るつもりで生垣から覗いていると


「葉月!ちゃんと話し合おう!」と二村さんの声が声が聞こえてきたが


『話す気なんてない』と緑川さんの声も聞こえてきて、そのやり取りは五分程続いた。


やがて二村さんは諦めたのか、肩を落として社用車に乗り込んだ。


二村さんも必死ね。ご愁傷様、と心の中で少しだけほくそえんで二村さんの車が完全に視界から消えるのを見届け、あたしはゆっくりと生垣から顔を出しコインパーキングに向かった。


社用車のキーを宙に投げたり、それをキャッチしたりを繰り返しながらコインパーキングに着き、最後にキャッチしたときあたしは心の中で「ご愁傷様」と少しだけ微笑んだ。


その後はTUBAKIウェディングさんに寄って少しだけ香坂さんと商談。完全に嘘を着くわけにもいかないし、どこでバレるか分からないから事実を少しだけ混ぜて。香坂さんはあたしが尋ねてくるといつも笑顔で迎えてくれる。


「柏木さん!ちょうど良かった!この生地が急遽足らずアザールに問い合わせてくれないかしら」


「アザールへ?ローズウッドではなく?」


「それがローズウッドに連絡しても全然繋がらなくて」


なるほど、クリスマス休暇に入っていると見える。そこで急遽アザールを指摘してきたのだ。


「しかしアザールはすでにアメリカンウェストスター社が入っていまして」


「ああ、どうしましょう」と香坂さんは頭を抱えていたが


「承知いたしました。ローズウッドには個人的にコネがあるので頼んでみます」


「本当に!?ありがとうごいます!さすが柏木さん!」


ぎゅっと手を握られて、あたしは思わず苦笑い。


話を合わせるつもりで来たつもりが余計な仕事が増えてしまった。