Fahrenheit Ⅳ


緑川さんがキッチンに立ち、コーヒーを淹れてくれている間、あたしはきょろきょろと物珍しく緑川さんの部屋を眺めた。全体的にピンク色が目立ち家具や調度品も可愛らしい、いかにも女の子っぽい部屋だ。


間取りは1LDKと言ったところか。この場所だから値が張るだろうに、一介のOLが住むには随分立派だ。


「いいお部屋ですね」


「パパの名義なんです。家賃もパパが払ってくれてて」と緑川さんはトレーに二人分のコーヒーカップを乗せ恥ずかしそうに舌を出した。


「素敵なパパですね。うちはNYから日本で一人暮らしをすると決めたら父親に大反対されました」


「柏木補佐のお父さんって厳しい人なんですか?」


「普段はそう厳しくは。けれど大事な決断をするときはことごとく反対されましたけどね」


マックスとの結婚、日本への移住。


「今考えれば父親の言うことを聞いておくべきだった、と後悔することもありますけれど」


「そうなんですね~パパは大抵のことっていうかほとんど?反対されたことなかったから葉月は幸せなのかな」


幸せを定規で測れるのなら測ってみたいものだ。いや、その数字に絶望するのも嫌だ。やはり自分が選んだ道に後悔はしたものの、そのおかげで啓に出会えることになった。結果今別れている状況になっているけれど。それでもやはり出会えて良かった。


何か一つ出来事が狂っていたのなら、啓とは出会えなかったから。


緑川さんが淹れてくれたコーヒーは香り高くコクがあり美味しかった。


「ずっと前に買ったんですけれど、二村くんがあたしの妊娠を知ったらコーヒーは禁止だって。でも二村くんがいないときこっそりと」と緑川さんは悪戯っ子のようにペロリと舌を出した。


「あ、そうそう。お借りしてた”これ”お返しします」と緑川さんは白いチェストにの引き出しに大切に仕舞われてたであろう封筒を取り出した。あたしは中身をそっと取り出して中身を確認した。


”それ”は以前緑川さんに貸したあたしの昔の胎内エコーのモノクロ写真。


これで二村さんはすっかり騙されたようだが、まさかここに来てこんなどん底に落ちるなんてね。


それを考えると緑川さんには悪いが笑いさえこみ上げ来そうになる。