♥Ruka♥
次の日、緑川さんは出社してこなかった。
それに気づいたのはあたしがコピーを取りに行ったとき。何となく隣のブースを覗くと彼女の席は仕事の後が一切見られずきちんと整理されていた。ぽつりと空いたその席が妙に寒々しく感じた。
後ろであたしのコピーが終わるのを待っていた内藤チーフに
「あの…緑川さんは今日お休みですか?」と控えめに聞くと
「ええ、体調崩したって二三日休むって言ってたわ」
「そうですか、心配ですね」
「そうねぇ、でも二村くんが傍に居るから大丈夫でしょう」と内藤チーフは自分のブースを目配せ。二村さんはPCに向かい何かを打ち込んでいたが心ここにあらずと言う表情だった。その目はうつろでどこを見ているのか分からない。
よっぽど昨日緑川さんに言われた言葉が効いていると思える。
瑞野さんも、緑川さんも―――二村さんから心が離れかけている。
どう?この地獄のような状況。
通じ合っていたあたしたちを引き裂いた代償には安すぎるけれど、これで二村さんの計画を少しは足止めできる。
しかし、本当に緑川さんが体調を崩していたのなら……今頃一人で心細い筈。
あたしは昼休み前
「TUBAKIウェディングさんと打ち合わせ」と言う理由を付けて社用車を借り、
緑川さんの家を訪ねた。
本当に体調を崩していたのなら、という心配からかあたしはいくつかの風邪薬や胃薬、栄養剤やスポーツドリンク、ゼリーを数個買っていった。本当の妊婦ではないのだから薬も大丈夫だ。
初めて見る緑川さんのマンションは小奇麗なマンションでセキュリティもしっかりしていそう。これなら女性の一人暮らしでも安全だろう。
玄関口のキーパッドで以前聞いていた緑川さんの部屋番号をプッシュすると
『はい』と中から少し元気のない返事が帰ってきた。
「緑川さん?柏木です。今お時間ありますか?」と聞くと
『か、柏木補佐。すぐ開けますね!』と慌ただしく音声は途切れ、すぐにエントランスロビーの自動扉が開いた。
緑川さんの部屋はエレベーターで昇って6階の605号室。
再びインターホンを押すと、中からバタバタと走る音が聞こえてきてすぐに扉は開いた。



