Fahrenheit Ⅳ


その後俺は秘書課に行って親父に出張報告しようかと思ったが、その前に廊下で綾子に出くわした。


「おー、綾子ぉ」と声を掛けると


「奈良出張お疲れ」と綾子は短く言って手を差し出してくる。


「何だよ」


「お土産よ。何か買ってきてくれたんでしょ」


こいつめ……


「ほれ」俺は持っていたビニール袋を手渡すとガサガサと音を立てて綾子は早速中身を取り出していた。


「なぁに?饅頭?捻りがないわねぇ」


「それ、柏木さんが選んだんだけど」俺が冷めた目で見下ろすと


「奈良漬味のお饅頭?しかも大仏の恰好してる。センスいいわね。絶対美味しいに決まってるわ」


おい!言ってること違うじゃねぇかよ!


「ところで、出張中、瑞野さんに何かなかった?相談されたりしたこととか」


「特に何もないわ。私もしょっちゅう様子を見に行ってたから二村くんが近づく隙もなさそうだったし」


それを聞いて安心した。


俺らの不在に二村が瑞野さんに近づくとか、体調が悪くなるとか出かける前は色々心配だったが


その後は親父に奈良支社は、特に問題がなかったことを報告すると親父はちょっと頷いただけだった。その顔色はあまりよくない。病的な何かと言うわけではない。どこか怒気を含んだ不機嫌な顔つき。


こりゃ飛び火する前にとっととずらかるか…


と俺は綾子がコーヒーを運んでくる前に退散を決め込んだ。


これで肩の荷が一つ降りた。


コーヒーも飲まず廊下に出ると


「あら、もう帰るの?」と綾子がコーヒーを用意していたようだが、せっかくだが今日はゆっくり話す気分ではない。長時間の運転で疲れてたってのもあるしな。


「なぁ、親父今日不機嫌そう?」と聞くと、綾子が何か痛い物でも堪えるような仕草で額に手をやり


「不機嫌そうじゃなく、はっきりと言って不機嫌。聞いてない?ジェイク・ダリスが手を引いたわ」


は――――?