♥Ruka♥
数時間前―――
鹿せんべいの何がいけなかったのだろう。
葵さん―――何か不機嫌そうな声だったし。あたし、何かしたのかしら。それとも面倒になった?
通話を終えて、画面を見つめていると。そこへ啓と佐々木さんが現れて、啓を見ると
ま、いっか……と一人完結させた。
鹿せんべいが気に入らなかったのなら別の何かを買って行こう。
大浴場は露天風呂もあって、海外のリゾート地でも演出しているのだろうか、ヤシの木と葉が良い感じに空を覆っている。外から見えないように少しだけ衝立があったが、こちらから外の景色が見えないこともない。
夜の奈良の夜景は東京程きらびやかではなかったけれど、それでも所々のお寺や神社がライトアップしているのかきれいだった。
空を見上げると、湯気の靄の中きれいな半月が浮かび上がっていて、空気がきれいなのか空にははっきりと星が見えた。
熱い湯の湯気の合間、それを眺めながら入るお風呂はなかなかのものだ。
ひのき造りの露天風呂。香りがいい。温泉って岩みたいなのを予想していたけれど、こういうのもあるのね。寒い日の温泉は湯から湯気が立っていて、体は熱い程なのに、肩から出た部分は寒くてそれがちょうどいいバランス。
温泉って漠然と想像していたけれど、案外いいものね。今度心音も誘ってみよう。と考えて一人、乳白色の“絹の湯”に浸かっていると、少しお年を召した二人の女性が賑やかな話声を振りまいて露天風呂に入ってきた。
「ねー、見た?フロントで、若い男の子!」
「見た見た!すっごいイケメン!背も高いしスタイルもいいし!芸能人!?モデルかしら。通りすがったときすっごくいい匂いしたのよね」
「イケメンて香りまでイケメンね~、はぁーステキ。うちの旦那と大違い」
啓―――のことを話しているのは、すぐにわかった。
素敵なのは顔やスタイルだけじゃない。彼の温度、彼の香り、彼の優しさ、彼の笑顔や寝顔……全てが愛おしい。
あたしはちょっとだけ湯に沈んだ。
この湯の温度は―――啓の体温よりだいぶ高い。のぼせちゃいそうだ……柄にもなく、啓にのぼせていたときのことを―――想いだした。
「そう言えば、もう一人若い男の子と女の子も一緒だったわよね、全員スーツ姿だったし、出張かしら。何だかたっかいスーツケースを持ってたわ」
女性の一人が言い出し、あたしは出るに出れなかった。
「いいわね~若い子って。女の子の方もちらっと見たけどかなり可愛い子だったわ」
「仕事関係かもしれないけど、あんな男の子が同僚って羨ましいわね」
「はぁ~私も30年若かったらね~」
「何言ってンの、30歳若くてもあの子の方が可愛いに決まってるじゃない。勝ち目なんてないわよ。それこそイマドキのオシャレな雑誌に出てるような女の子じゃない。モデルみたいな」
これじゃ、益々出ていけない。あたしは女性たちに背を向けた。
今は化粧を落としているから、あたしだと気付かれないだろうけど……



