Fahrenheit Ⅳ


話しが終わって俺はとりあえず佐々木を自分のフロアに返した。


「ごめん、俺ちょっと柏木さんと話があるから」と言って。


佐々木はどこか訝し気にしていたが、それでも大人しく帰って行った。


最上階にある広い廊下で俺は瑠華に


「やっぱ言うべきだったよ。ユーリが家に居るって」とやや大げさに手ぶりで言うと


「だから言ったでしょう。おじさまに知られたらパパに知られちゃうって」と瑠華も額に手を当てその場をうろうろ。


「だったらユーリはどうするんだよ。一泊二日だぜ?誰か面倒を見てくれる人が……」


俺が言い出した所で瑠華は目をぱちぱちさせた。


「ダメ元で紫利さんにお願いしてみます。ユーリも紫利さんに懐いているし。それに奈良支社は神流派の木藤支社長でしたよね」


確かに―――


奈良支社長の木藤支社長は神流派だが、俺は殆ど接点がない。


「これをチャンスに変えて少しでも多く味方を増やすのがいいのでは」


と瑠華が真剣な目で俺を見上げてきた。


「でも瑞野さんは―――」


俺が問うと瑠華は素早く「綾子さんに頼みます。一泊二日なら何とかなるはず」と被せた。「幸い、おじさまも瑞野さんの妊娠はご存知ですから綾子さんをサポートに充てることに渋面は見せない筈」


ま、まぁ瑠華の言うことは確かだが。


「これをチャンスととるべきか、それともダメージと取るべきか。私にはユーリが居ますが、今私はチャンスと取っています」


瑠華の黒い瞳の中には何か光るものを見た気がした。それは瑠華の覚悟であり、チャレンジだとも思った。


その後、俺たちは揃って経理部に向かった。出張申請をするためだ。


会長から言われれ奈良支社の出張を頼まれた、と言ったが


経理部長からも「恐れながら会長の指示とは言え、経費が掛かり過ぎです、三人分新幹線代、宿泊費、計算しても…」と相変わらず瑠華より融通の利かない経理部長はメガネをくいと上げて唇をへの字に曲げている。


まぁ、何かと衝突してる俺たちだからな。経理部長はここで俺たちが自費で行くことを計算しているに違いないが。


「じゃぁ会長に直談判してください…」何と言っても会長の命令は絶対だ、と俺が言いかけたところを瑠華が制した。


「では社用車をお借りします。三人分でしたら高速代の方が安くつくでしょうし、余った予算でこちらがホテルを取ります」


との提案に、経理部長は目を開いた。まさか瑠華がこんな提案をしてくるとは思ってなかったに違いない。


出鼻をくじかれる、とはこのことを言うんだろうな。


つまらない小娘にしてやったり、と言う態度を取ったつもりがまさかこんな形で返されるとは思ってもみなかっただろう。