Fahrenheit Ⅳ



「あいつ、まだそんなこと言ってンの?」俺の目が吊り上がるのが分かった。


「ええ、いくら断っても諦める様子はなくて」ふぅと瑠華が小さくため息をつく。「まるでしつこい蛇のよう」


瑠華の隣でユーリは大人しく子供用のフォークを使ってポテトフライを口に運んでいる。


日本語で、しかも大人の会話についていけないのか、しかし大人しくしているからいい子だな。


「それで……仕事のことなんですが、少し時短勤務にしてもらえませんか?」


「え……うん、そりゃ全然いいよ。今はリモートでも仕事できるし。自宅でもやれることがあったらやってもらえれば俺は助かるけど」


と答えると瑠華はちょっと安心したように吐息をついた。


「因みに親父にはこのこと…」


「言ってません。だっておじさまに言ったらパパに伝わってしまうから。そしたらパパは『まだあの男と繋がってるのか』って言い出すに決まってます」


「はは、瑠華も”パパ”に怒られるのは怖いの?」とちょっとからかうと


「違います。一々お小言を言われるのが面倒なだけです。お小言が始まると長いし」


と瑠華は子供のように唇を尖らせる。まるで小さなユーリが二人いるように見えて微笑ましい。


今日は―――今まであまり見たことのない色んな表情の瑠華を見れる。


それはユーリが隣に居るからなのか。


「July, I'm Kate. You can call me Kate.
(ユーリ、俺は啓人、ケートって呼んで)」と大人しくポテトフライを食べていたユーリに話しかけると


「Sure.(うん)」ユーリはまた笑顔で頷いた。


その拍子にグラスに入ったユーリのオレンジジュースが傾き、テーブルの上に転がり中のジュースがこぼれた。


ユーリは途端に顔を青くさせて


「I'm so sory.(ごめんなさい!)」と泣き出した。


幸いにもグラスはプラ製で割れることはなく誰も怪我をすることはないが、ユーリはそれでも泣き続けている。


「It's OK, July. We just bumped into each other a little.
(大丈夫よ。ユーリ。ちょっとぶつかっちゃっただけだしね)」


と瑠華が必死にユーリに言い聞かせている。その間、俺は近くの店員を呼び寄せ布巾を持ってこさせるよう頼んだ。


泣き続けるユーリに瑠華は困ったようなものを見るような目つきで


「No one's mad. What's wrong?
(誰も怒ってないわ。どうしたの?)」と問いかける。


「Mad?(怒ってない?)」とユーリは涙が浮かんだ目で瑠華を見上げ、瑠華は大きく頷いた。


「Will Dad get mad?(パパは怒るの?)」


「No, Grandma...(ううん、お祖母ちゃんが)」とユーリはしゃくりあげながら何とか答える。


瑠華は盛大にため息を吐いて


「ジェシカね。ユーリにどういう教育をしているんだか。やっぱりあの女にユーリを任せるべきじゃなかった」


と唸るように呟いた。それは蛇のような眼孔を思わせた。