別にあなたに愛されなくても。〜死に戻った侯爵夫人は、二度と夫を愛さない〜

「とても有意義な時間だったわ。今日は本当に、来てくださってありがとう」
「こちらこそ、ご招待いただき感謝申し上げます。ご迷惑でなければ、今度は私がイザベラ様をお誘いしてもよろしいでしょうか」
「! えぇ、えぇ、ぜひ! 楽しみに待っているわね!」

 ____イザベラ様とのお茶会が終わった。一度目の人生と同じく、イザベラ様はとても明るくて、お優しい。こんな方を利用している自分が本当に、嫌になるくらい……。




 私はイザベラ様に別れを告げてから、門の前に待たせてあった馬車に乗り込んでだ。それから御者に、「王立図書館までお願い」と命じる。

「王立図書館でございますか?」
「奥様は本がお好きなんですね、なんか想像通りです!」
「ちょっと、アントニー!!」

 私の付き添いで来ていたサラとアントニーが、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。

 サラ以外にも侍女はいるけれど……屋敷内の誰が敵かわかりきっていない以上、この子以外を信じるのは少し怖かった。だから、サラを私の専属侍女に指名したのがつい先日の話。
 もう一人は、護衛騎士のアントニー。彼はなんと、サラの幼馴染らしい。正直、護衛騎士には全く良い思い出がないのだけれど……。若くて屋敷に来たばかりで、サラの幼馴染ということであれば危険性は少ないと判断して、私のそばには彼を付けることにしたのよ。

 まぁ、ちょっと軽くて失礼なところはあるのだけれど……。

「えぇ、イザベラ様……ヴァイス公爵夫人からある本をおすすめしていただいて。せっかくだから読んでみようと思ったのよ」
「へぇ~! どんな本なんですか?」
「恋愛小説らしいわ」
「奥様もそういう俗っぽい本に興味持つんですね? てっきり、小難しい歴史書とかかと……」
「だから、アントニーってば!!」

 サラがアントニーの頭を小突く。私より若く微笑ましい二人の光景に、思えず笑みが零れた。……なんだかうらやましいわ、私にも、こういう気安い仲の友人がいればよかったのに。

「ふふ、いいのよサラ、ありがとう。確かに私はそういうイメージの方が強いかもしれないわね。なんたって、『氷の令嬢』ですもの」
「え! いやいや、俺は褒めたつもりですよ! 頭よさそうだからっていう……。それに、実際の奥様は噂と違って、普通に笑うし使用人にも優しいし……」

 ……それは、私が人生をやり直しているから……なんて言っても、頭がおかしいとおもわれるだけよね。
 実際、一度目の結婚生活では、私から使用人に優しくできるようになったのは……半年くらい経ってからだったもの。笑えるようになったのも、そのくらいかしら。

 そう考えると、なんだか複雑ね。






 王立図書館は、一度目の結婚生活でも……いいえ、結婚する前でもよく来ていた場所だ。私は本が好きで……というよりは、ただ友人がいなかったから本を読んで勉強することくらいしかやることがなかったのよね。

 私は迷わず小説のコーナーへ向かってから、イザベラ様に教えてもらったタイトルを探す。

「……あった、これだわ____『シャーロット』」

 少しわかりにくいところに一冊だけ置いてあったそれは、とてもきれいな新品に見えた。それにしても、私は結構な読書家な自信があったのだけれど、この本は聞いたことすらなかったのよね。貴婦人が読んでいるような本を知らないなんて、変ねと思ったくらいには。

 席に着いて、ゆっくりとページを捲る。ぺら、ぺら……と、静かな図書館で私の本を捲る音だけが響き始めた。



***

『シャーロット』著:アレク

あるところに、一人の美しい伯爵令嬢がおりました。その令嬢はあまりの美しさから「氷姫」と呼ばれていましたが、その美しさのせいで近寄れる男がいませんでした。

そんな中、一人のヴィクトルという侯爵が、彼女にプロポーズをしたのです。ヴィクトルは敏腕な事業者でしたが、なぜか二十五になっても結婚をしようとしませんでした。そんなヴィクトルが、ついに一人の女性に手を差し出したのです。心優しいシャーロットは侯爵のプロポーズを受け入れ、二人は盛大な結婚式を挙げました。

しかし、ヴィクトルにはとある秘密がありました。それは、彼には昔から愛している女性がいたのです。彼女の名前は『キャロライン』と言いました。家名はありません。なぜなら彼女は平民だからです。

ヴィクトルは、本当はキャロラインと結婚したいと思っていました。しかし、周りの貴族から何度も縁談を持ち掛けられたヴィクトルは、キャロラインを不安にさせてしまうことを酷く嫌がったのです。
そこで、ヴィクトルはある作戦を思いつきました。それが、「氷姫」と呼ばれているシャーロットと結婚して表面上は仲の良い夫婦を演じ、事業を拡大し……裏ではキャロラインと愛し合うというひどいものでした。

もちろん、シャーロットはそんなことを知らず、健気な侯爵夫人として人々に優しさを与えました。ある時は、街で怪我をしていた青年にハンカチを差し出し、社交界では笑顔で良き妻として振る舞っていました。

しかしある日、悲劇は起こります。結婚から一年と少し経ったある日、シャーロットが亡くなってしまうのです。馬車による事故でした。
そしてヴィクトルは、すぐにキャロラインと結婚しました。なぜならキャロラインは、とある男爵に見初められて男爵家の養子……男爵令嬢となっていたからです。

その知らせは、彼女を愛していたとある人物のもとにも届きました。そう、街で怪我をしていた時、シャーロットにハンカチを差し出された青年です。彼は、シャーロットの美しさと優しさに虜になっていました。
そんな中で届いた訃報に、青年は憤りました。きっと、これは事故ではない、そう確信していたのです。何を隠そう、この青年はこの国の×××でした。

青年はすぐに調査をし、この真相に辿り着いたのです。しかし、もうすべてが手遅れでした。なぜなら、彼が愛しているシャーロットはもういないのですから。

そこで青年は、ある道具を使って×を××××ことにしました、その方法こそが、


【以降はページが破られている】

***

「なによ……これ……」

 全く想像していなかった内容に、私は言葉を失った。
 だってこれ……似ているどころか、私と夫そのものじゃないの……!!

 私の名前は『シャーロット』とぼかされてはいるものの……夫の名前はそのままだし、爵位だって……。それに、夫の愛人の存在まで書いてある。

 あと、私が殺されたことまで、一緒だわ……。いえ、ちょっと私のことを美化しすぎじゃないかしら、とは思うけれど……。

 でも、わからないこともある、それはこの「青年」に関することだ。もしこの話が私の一度目の人生をもとにして書いてあるとしたら……私のために、誰かが夫を裁いてくれたということなのかしら。

 いいえ、それ以前に……肝心なところが所々黒く塗りつぶされているけれど、きっと時間が巻き戻ったのはこの「青年」の道具が関係しているのかもしれない。だとしたら、なんのために?
 まさか、本当にわたしのことが好き? ……いえ、さすがにそれは自惚れすぎよね。

 私なんか、人に好きになってもらえるような女じゃないもの。

 第一、この作者は何のためにこの本を書いたというの?
 きっと、一度目の人生にはなかったはずよね。

 作者の「アレク」って、何者なの?

 ……駄目ね、わからないことが多すぎる。でもこれではっきりしたこともあるわ。
 夫が「愛している女性と結婚できるようになった」といったのは、彼女が男爵令嬢になったから。
 だから、邪魔になった私を殺したのね。きっと、普通に離縁するだけでは、不貞していたことがバレてしまうとでも考えたのかしら。

 外面のいい夫のことだもの。

 それに、もう一つ重要なことがわかった。

 夫の愛人の、名前は…………。




 *****

 ____ガチャ!

「いらっしゃい! ヴィクトル!」
「あぁ、久しぶりだな。最近は結婚で忙しかったから……。君に会えることが何よりの楽しみだったよ…………愛しのキャロライン」

 私の愛する女性であるキャロラインは、少し離れた街のパン屋で働く娘だ。

 当然、私たちの関係は社交界では誰も知らない。それは、妻であるシャーリンでさえも。
 知っているのは、侯爵家の中でも古株の使用人、極数人だけ。

「本当に、あなたが結婚してしまう時は悲しかったけれども……それでもこうして会いに来てくれてうれしいわ」
「当たり前だろう? 愛しているのはお前だけだよ、キャロライン」
「ふふ、嬉しい。それにね、今日は良い知らせがあるの!」

 キャロラインはそう言って、嬉しそうに焼き立てのパンを持ってきた。初めて見るパンだ。少なくとも、この店では見たことない。

「ふふ、美味しそうでしょう? 私が考案したパンなのよ! 店主がようやくわたくしの腕を認めてくださったのだわ!」
「すごいじゃないか。一口もらっても?」
「もちろんよ、あなたのためにとっておいたんだから」

 私はキャロラインに促されるまま、パンをちぎって口に運ぶ。妻と食べる豪華な食事より、何倍も美味しい。そう思った。

「美味しいよ、さすがはキャロラインだ。私の妻はパンなんて作れないだろうからな」
「あら、それはそうでしょうね。わたくしだって、こうして平民になることがなければ縁がなかった世界ですもの。昔のまま何事もなく成長できていいたら……」
「…………そうだな」

 キャロラインは少しだけ寂しそうに笑う。彼女のこういう表情を見るたび、私は彼女が愛しくてたまらない気持ちになるのだ。

「ねぇ、それより……計画の方は、うまくいきそうなの?」
「あぁ、エルフィナード伯爵の伝手で、跡継ぎがおらず困っているという男爵を見つけることができたんだ」
「! 本当!?」
「あぁ、うまくいけば舞踏会で接触することができるかもしれない」
「あら、直接書状をお送りするのではいけないの?」

 キャロラインが頬を膨らませる。そういうところも愛らしい。シャーリンにはない愛らしさだ。

「あぁ、こちらから接触したら不審がられてしまうかもしれないからな。妻がいる身である以上、キャロラインとの関係が公になるのはまずいだろう?」
「……それもそうね。でも、寂しいわ、ヴィクトル……。あなたが抱くのは、私だけじゃないと嫌なの」
「私もだよ、キャロライン。大丈夫、彼女と関係を持つつもりはない、それに……」
「? それに?」
「いや……とにかく、心配しなくて大丈夫だ。……時間がもったいない、あの女のことは忘れて、二人の時間を楽しもうか」
「ふふ……もう、ヴィクトルったら……こんな昼間から? まぁ、いいけど♡」

 ベッドにキャロラインを押し倒す。彼女の赤い瞳がきらりと輝いた。
 いつもそうだ。この瞳を見つめると、彼女に魅了されてしまう。それほど彼女は魅力的なのだ。出会った時からそうだった。



 彼女の艶やかな声を聴きながら、私は昼間から彼女に溺れていくのだった。