次に運ばれてくるメニューは、オムレツとソーセージ。なんてことのない普通の朝食。
……けれど、私は一度目の人生で、このソーセージを食べようとして大恥をかいた。
あの時の私は、とにかく浮かれていたし緊張もしていて、ソーセージを切るために握っていたナイフを、つい落としてしまったの。それだけならまだよかったのだけれど、問題はここから。
給仕やメイドがすぐに拾って新しいナイフを持ってきてくれるものだと思ったのに、誰も動いてくれなかったのよ。だから、クラウゼン侯爵家では自分で拾わなければならないの?と、緊張して頭が真っ白だった私は急いで机の下に潜り込んだ。
そんな私のことを見て、執事もメイドも給仕も、そして夫も……くすりと、笑ったの。
「はは、シャーリンは面白いな。ナイフは拾ってくれるんだから、そんな恰好で拾わなくていいんだぞ」
そう、あの時夫はそう言った。
私はとにかく恥ずかしくて、「すみません」と小さな声で謝ることしかできなかったし、それが夫なりの優しさなのだと思っていた。
でも、違っていたんだわ。あれは、私を「夫より立場が下の、世間知らずな夫人」という上下関係を最初に植え付けるためのものだったんだと、今ならわかる。
だから、今度はそうはさせない、絶対に。
……けれど、綺麗に食事をしたって、何も変わったりしないでしょう?
だから私は____ソーセージを切ろうとして、一年前と同じように、ナイフをわざと落とした。
カラン!とナイフが床にたたきつけられる音が響く。
一度目の人生と同じく、誰も動こうとしなかった。間違いない、やっぱりここにいる人間は……全員、夫の手先のような人間だ。私を殺した人たちの、一部。
けれど、今度は前と違って私も動かない。その代わり、私は目を見開いて、わざとらしく口を開けた。
「あら、申し訳ありません。緊張してしまって、ナイフを落としてしまいました。お恥ずかしいですわ」
「はは、シャーリンは案外そそっかしいところがあるんだな。でもい大丈夫だ、人間誰だって……」
「でもおかしいですわね、伯爵邸ではこういう時、必ず近くの使用人がすぐにナイフを拾って、新しいものを持ってきてくださったのですけれど……。もしかして、皆様はそのようなマナーをご存知ないのですか……?」
私は不思議そうに、決して煽っているようには聞こえないような声色で、困惑したように問いかけた。
夫の眉がピクリ、と動く。
「あ、あぁ、そうだよな、すまない。そこの者、今すぐシャーリンに新しいカトラリーを持ってくるように!」
「か、かしこまりました」
場が静まり返る。私はハッとした表情を浮かべながら、申し訳なさそうにつぶやいた。
「ごめんなさい、私ったら……まさか侯爵家に仕えているような優秀な皆様が、そんな初歩的なことをご存知ないわけないですわよね。なんだかお恥ずかしいですわ」
「いや……いいんだ、むしろ、不快な思いをさせてすまなかった」
____夫は、余程私の言動に驚いているらしかった。
それもそのはずよね。気弱でオドオドしているはずの女が、急に勝気な女に変わったんですもの。私なら、別人と入れ替わったのかしら?と疑ってしまうかもしれないわ。
まぁ、あたらずと雖も遠からず、といったところなのだけれど。
なんせあなたに殺されたおかげで、私はこの屋敷の人間を信頼出来なくなってしまったのだから。前はもっと純粋で、素直で、人を疑わないような性格だったはずなのにね……。
でも、もうこれで、誰にも私を笑わせたりなんかしない。
笑い者になったりなんかしない。
私は、一人の貴族女性として気高く生き抜いてみせると決めたのだから。
「大変おいしゅうございましたわ。では、私はこれで」
「あ、あぁ。また、夕食のときに会おう」
私はその言葉にニコリとだけ笑って、足早にダイニングルームを去ったのだった。
***
「本日はお招きいただきありがとうございます、ヴァイス公爵夫人」
「こちらこそ、急なお誘いだったのに来ていただけて嬉しいわ。私実は、ずっと貴女とお話してみたいと思っていたのです。思っていた通り、とても美しいですのね」
「まぁ、身に余るお言葉です。ヴァイス公爵夫人も、黄色のドレスが明るい雰囲気に合っていてとても素敵ですわ」
「本当? 実は、主人に選んでいただいたの! 嬉しいわ」
そう言って、ヴァイス公爵夫人がにこやかに笑う。
____今日は、ヴァイス公爵夫人とのお茶会の日。
私にとっては、夫の愛人について何か知ることが出来るかもしれない貴重な時間だ。
つまり私がクラウゼン侯爵夫人となってから、もう十日経ったということになる。
……夫に選んでもらった、か……。
今朝、夫に「ヴァイス公爵夫人のお茶会に行ってまいりますわ」と告げた時、夫は想像通り嘘臭い反応をした。
「君を一人にするなんて、心配だな……。 本当はどこにも行かせず、君をこの家で守っていたい」
「あら、ヴァイス公爵夫人はとてもお優しい方だと評判ですわよ」
私はそうとぼけたけれど、夫の本心などわかっている。
夫が本当に心配しているのは、『自分が見ていないところで私が余計なことをしないか』『ヴァイス公爵家との関係を悪くしないか』ということでしょうね。
私に求めているのは、お飾りの妻としてこの家で大人しくしていることでしょうから。
まぁ、流石に一度目の結婚生活でも、必要最低限のお茶会や舞踏会には参加していたけれど……。あれは『愛妻家の侯爵』という体裁を守るためでしかなかったわね、今思うと。
思い出すだけで、はぁ、とため息が出た。
「あら、何か心配事でもあるのですか?」
「あぁいえ、そうではないのです。少し……悲しいことを思い出してしまって……」
いけないいけない、夫のことを考えていたせいで、ヴァイス公爵夫人が目の前にいることを一瞬忘れかけていた。
おかげで余計な心配をさせてしまったわ。
____でもこれは、話を切り出すチャンスかもしれない。
「悲しいこと……? もし私でよければ、お話を聞かせてくださらない? 私こう見えて、顔は広いんですよ」
えぇ、よく存じ上げているわ。そして、あなたがそう言ってくれることも、わかっていた。
ごめんなさい、私は今からあなたを利用します。
心優しい、あなたを。
私は俯きながら、カップをソーサラーに置いた。
「実は……こんなこと、ヴァイス公爵夫人にしか相談できないのですが……」
「! えぇ、なんでも言ってちょうだい!」
「……夫が、私のことを一度も抱いてくださらないのです。結婚初夜の時ですら……他の女性と関係を持ったことは、あるみたいなのですが……。わ、私に魅力がないせいでしょうか……っ!」
私は渾身の演技をしながら、両手で顔を覆った。すると、ヴァイス公爵夫人は「まぁ……」と眉を顰めながら、少し考えるように指先を唇に置いた。
それから、夫人が言いにくそうに声を潜めながら……内緒話をするように、話を始めたのだ。
「……私、聞いたことがありますの。その……クラウゼン侯爵には、愛人がいるんじゃないかという、噂を……」
____きた!!
私は興奮を面に出さないように、目を見開いてショックを受けたような表情を作る。
「……ど、どういうことですか……?」
「本当かは、わからないのよ? でも、一部のご婦人の間で、そういう噂があって……。だから、クラウゼン侯爵が結婚されると聞いて、少し驚いたけれど……私、安心したのよ」
「? ……安心、ですか?」
「えぇ……だって……噂というのはね……?」
……二人きりのお茶会。だけれども、ヴァイス公爵夫人は侍女にも会話を聞かれたくないようで、さっきよりもより一層声を潜めた。
「…………クラウゼン侯爵は、平民の方と逢瀬を重ねている、というものだったから」
「平民……ですか!?」
「声が大きいですわ!」
「も、申し訳ありません、その、少し驚いて……しまって……」
____信じられない。
愛人がいることは知っていた。でも、それはどこかの令嬢だと思っていた。
まさか、平民の女性と愛し合っていたなんて……!
「驚くのも無理ないわ。でも、単なる噂にしては、出来すぎている証拠もあって……」
「証拠があるんですか!?」
「正確にいうと少し違うのだけれど……。私の友人に、本が大好きなハインツ伯爵夫人という方がいてね。その方がいうには、『侯爵と平民の女性が恋に落ちる恋物語がある、その侯爵がクラウゼン侯爵とよく似ている』らしくて……」
「物語……ですか」
それは、証拠と言えるのかしら……?
でも、ヴァイス公爵夫人がここまで真剣な顔で話しているのだから、話は最後まで聞くべきね。
「私も読んで見たのだけれど……なんというか、そっくりなのよ。さっき私は『侯爵が結婚して安心した』と言ったけれど、同時に少し怖くなったの」
「なぜですか?」
「……だって、物語の中の侯爵も、貴女とそっくりの伯爵令嬢と結婚していたんだもの。それも、『氷姫』と呼ばれている女性で……貴女に、よく似ているの……」
____私は絶句した。
それは、確かに偶然とは思えない。なら、侯爵はその物語をなぞって、私と結婚したというの? なんのために?
……わからない、情報が足りなすぎる。
でも、ハッキリしたことは二つある。
一つは、夫の愛人は平民であること。これはとても大きな情報。
そしてもう一つは、夫がその女性と結婚していなかった理由だわ。
私は殺されてから、「愛している女性がいるならなぜその方と結婚しなかったのか」と考えていた。
けれど、結婚しなかったのではなく、できなかったのだわ。相手が、平民の女性だから。
……なら、夫が最後に言っていた「結婚できるようになった」という言葉は、どういう意味なのかしら……。
ダメね、まだわからないことが多すぎる。でもこれは、確かな一歩だわ。
帰りにでも、王立図書館に寄ってみましょう。……侯爵家の書斎では、怪しまれてしまうかもしれないから。
重苦しくなった空気を打ち消すように、ヴァイス公爵夫人がパチン!と手を鳴らした。
「さぁ、暗い話はここまでにしましょう! 私、貴女と沢山話してみたかったの」
「そうですね。ありがとうございます、ヴァイス公爵夫人」
「さっきから思っていたのだけれど、イザベラで構わないわよ! その代わり私もシャーリン様と呼んでもよろしいかしら?」
「はい、もちろんですわ、イザベラ様」
……こうして、大きな収穫を得た私は、イザベラ様とのお茶会を楽しんだのだった。
……けれど、私は一度目の人生で、このソーセージを食べようとして大恥をかいた。
あの時の私は、とにかく浮かれていたし緊張もしていて、ソーセージを切るために握っていたナイフを、つい落としてしまったの。それだけならまだよかったのだけれど、問題はここから。
給仕やメイドがすぐに拾って新しいナイフを持ってきてくれるものだと思ったのに、誰も動いてくれなかったのよ。だから、クラウゼン侯爵家では自分で拾わなければならないの?と、緊張して頭が真っ白だった私は急いで机の下に潜り込んだ。
そんな私のことを見て、執事もメイドも給仕も、そして夫も……くすりと、笑ったの。
「はは、シャーリンは面白いな。ナイフは拾ってくれるんだから、そんな恰好で拾わなくていいんだぞ」
そう、あの時夫はそう言った。
私はとにかく恥ずかしくて、「すみません」と小さな声で謝ることしかできなかったし、それが夫なりの優しさなのだと思っていた。
でも、違っていたんだわ。あれは、私を「夫より立場が下の、世間知らずな夫人」という上下関係を最初に植え付けるためのものだったんだと、今ならわかる。
だから、今度はそうはさせない、絶対に。
……けれど、綺麗に食事をしたって、何も変わったりしないでしょう?
だから私は____ソーセージを切ろうとして、一年前と同じように、ナイフをわざと落とした。
カラン!とナイフが床にたたきつけられる音が響く。
一度目の人生と同じく、誰も動こうとしなかった。間違いない、やっぱりここにいる人間は……全員、夫の手先のような人間だ。私を殺した人たちの、一部。
けれど、今度は前と違って私も動かない。その代わり、私は目を見開いて、わざとらしく口を開けた。
「あら、申し訳ありません。緊張してしまって、ナイフを落としてしまいました。お恥ずかしいですわ」
「はは、シャーリンは案外そそっかしいところがあるんだな。でもい大丈夫だ、人間誰だって……」
「でもおかしいですわね、伯爵邸ではこういう時、必ず近くの使用人がすぐにナイフを拾って、新しいものを持ってきてくださったのですけれど……。もしかして、皆様はそのようなマナーをご存知ないのですか……?」
私は不思議そうに、決して煽っているようには聞こえないような声色で、困惑したように問いかけた。
夫の眉がピクリ、と動く。
「あ、あぁ、そうだよな、すまない。そこの者、今すぐシャーリンに新しいカトラリーを持ってくるように!」
「か、かしこまりました」
場が静まり返る。私はハッとした表情を浮かべながら、申し訳なさそうにつぶやいた。
「ごめんなさい、私ったら……まさか侯爵家に仕えているような優秀な皆様が、そんな初歩的なことをご存知ないわけないですわよね。なんだかお恥ずかしいですわ」
「いや……いいんだ、むしろ、不快な思いをさせてすまなかった」
____夫は、余程私の言動に驚いているらしかった。
それもそのはずよね。気弱でオドオドしているはずの女が、急に勝気な女に変わったんですもの。私なら、別人と入れ替わったのかしら?と疑ってしまうかもしれないわ。
まぁ、あたらずと雖も遠からず、といったところなのだけれど。
なんせあなたに殺されたおかげで、私はこの屋敷の人間を信頼出来なくなってしまったのだから。前はもっと純粋で、素直で、人を疑わないような性格だったはずなのにね……。
でも、もうこれで、誰にも私を笑わせたりなんかしない。
笑い者になったりなんかしない。
私は、一人の貴族女性として気高く生き抜いてみせると決めたのだから。
「大変おいしゅうございましたわ。では、私はこれで」
「あ、あぁ。また、夕食のときに会おう」
私はその言葉にニコリとだけ笑って、足早にダイニングルームを去ったのだった。
***
「本日はお招きいただきありがとうございます、ヴァイス公爵夫人」
「こちらこそ、急なお誘いだったのに来ていただけて嬉しいわ。私実は、ずっと貴女とお話してみたいと思っていたのです。思っていた通り、とても美しいですのね」
「まぁ、身に余るお言葉です。ヴァイス公爵夫人も、黄色のドレスが明るい雰囲気に合っていてとても素敵ですわ」
「本当? 実は、主人に選んでいただいたの! 嬉しいわ」
そう言って、ヴァイス公爵夫人がにこやかに笑う。
____今日は、ヴァイス公爵夫人とのお茶会の日。
私にとっては、夫の愛人について何か知ることが出来るかもしれない貴重な時間だ。
つまり私がクラウゼン侯爵夫人となってから、もう十日経ったということになる。
……夫に選んでもらった、か……。
今朝、夫に「ヴァイス公爵夫人のお茶会に行ってまいりますわ」と告げた時、夫は想像通り嘘臭い反応をした。
「君を一人にするなんて、心配だな……。 本当はどこにも行かせず、君をこの家で守っていたい」
「あら、ヴァイス公爵夫人はとてもお優しい方だと評判ですわよ」
私はそうとぼけたけれど、夫の本心などわかっている。
夫が本当に心配しているのは、『自分が見ていないところで私が余計なことをしないか』『ヴァイス公爵家との関係を悪くしないか』ということでしょうね。
私に求めているのは、お飾りの妻としてこの家で大人しくしていることでしょうから。
まぁ、流石に一度目の結婚生活でも、必要最低限のお茶会や舞踏会には参加していたけれど……。あれは『愛妻家の侯爵』という体裁を守るためでしかなかったわね、今思うと。
思い出すだけで、はぁ、とため息が出た。
「あら、何か心配事でもあるのですか?」
「あぁいえ、そうではないのです。少し……悲しいことを思い出してしまって……」
いけないいけない、夫のことを考えていたせいで、ヴァイス公爵夫人が目の前にいることを一瞬忘れかけていた。
おかげで余計な心配をさせてしまったわ。
____でもこれは、話を切り出すチャンスかもしれない。
「悲しいこと……? もし私でよければ、お話を聞かせてくださらない? 私こう見えて、顔は広いんですよ」
えぇ、よく存じ上げているわ。そして、あなたがそう言ってくれることも、わかっていた。
ごめんなさい、私は今からあなたを利用します。
心優しい、あなたを。
私は俯きながら、カップをソーサラーに置いた。
「実は……こんなこと、ヴァイス公爵夫人にしか相談できないのですが……」
「! えぇ、なんでも言ってちょうだい!」
「……夫が、私のことを一度も抱いてくださらないのです。結婚初夜の時ですら……他の女性と関係を持ったことは、あるみたいなのですが……。わ、私に魅力がないせいでしょうか……っ!」
私は渾身の演技をしながら、両手で顔を覆った。すると、ヴァイス公爵夫人は「まぁ……」と眉を顰めながら、少し考えるように指先を唇に置いた。
それから、夫人が言いにくそうに声を潜めながら……内緒話をするように、話を始めたのだ。
「……私、聞いたことがありますの。その……クラウゼン侯爵には、愛人がいるんじゃないかという、噂を……」
____きた!!
私は興奮を面に出さないように、目を見開いてショックを受けたような表情を作る。
「……ど、どういうことですか……?」
「本当かは、わからないのよ? でも、一部のご婦人の間で、そういう噂があって……。だから、クラウゼン侯爵が結婚されると聞いて、少し驚いたけれど……私、安心したのよ」
「? ……安心、ですか?」
「えぇ……だって……噂というのはね……?」
……二人きりのお茶会。だけれども、ヴァイス公爵夫人は侍女にも会話を聞かれたくないようで、さっきよりもより一層声を潜めた。
「…………クラウゼン侯爵は、平民の方と逢瀬を重ねている、というものだったから」
「平民……ですか!?」
「声が大きいですわ!」
「も、申し訳ありません、その、少し驚いて……しまって……」
____信じられない。
愛人がいることは知っていた。でも、それはどこかの令嬢だと思っていた。
まさか、平民の女性と愛し合っていたなんて……!
「驚くのも無理ないわ。でも、単なる噂にしては、出来すぎている証拠もあって……」
「証拠があるんですか!?」
「正確にいうと少し違うのだけれど……。私の友人に、本が大好きなハインツ伯爵夫人という方がいてね。その方がいうには、『侯爵と平民の女性が恋に落ちる恋物語がある、その侯爵がクラウゼン侯爵とよく似ている』らしくて……」
「物語……ですか」
それは、証拠と言えるのかしら……?
でも、ヴァイス公爵夫人がここまで真剣な顔で話しているのだから、話は最後まで聞くべきね。
「私も読んで見たのだけれど……なんというか、そっくりなのよ。さっき私は『侯爵が結婚して安心した』と言ったけれど、同時に少し怖くなったの」
「なぜですか?」
「……だって、物語の中の侯爵も、貴女とそっくりの伯爵令嬢と結婚していたんだもの。それも、『氷姫』と呼ばれている女性で……貴女に、よく似ているの……」
____私は絶句した。
それは、確かに偶然とは思えない。なら、侯爵はその物語をなぞって、私と結婚したというの? なんのために?
……わからない、情報が足りなすぎる。
でも、ハッキリしたことは二つある。
一つは、夫の愛人は平民であること。これはとても大きな情報。
そしてもう一つは、夫がその女性と結婚していなかった理由だわ。
私は殺されてから、「愛している女性がいるならなぜその方と結婚しなかったのか」と考えていた。
けれど、結婚しなかったのではなく、できなかったのだわ。相手が、平民の女性だから。
……なら、夫が最後に言っていた「結婚できるようになった」という言葉は、どういう意味なのかしら……。
ダメね、まだわからないことが多すぎる。でもこれは、確かな一歩だわ。
帰りにでも、王立図書館に寄ってみましょう。……侯爵家の書斎では、怪しまれてしまうかもしれないから。
重苦しくなった空気を打ち消すように、ヴァイス公爵夫人がパチン!と手を鳴らした。
「さぁ、暗い話はここまでにしましょう! 私、貴女と沢山話してみたかったの」
「そうですね。ありがとうございます、ヴァイス公爵夫人」
「さっきから思っていたのだけれど、イザベラで構わないわよ! その代わり私もシャーリン様と呼んでもよろしいかしら?」
「はい、もちろんですわ、イザベラ様」
……こうして、大きな収穫を得た私は、イザベラ様とのお茶会を楽しんだのだった。

