別にあなたに愛されなくても。〜死に戻った侯爵夫人は、二度と夫を愛さない〜

 それから少し経った、ある日のことだった。

「……ヴィクトル様、今、なんて……?」

 いつものように、ヴィクトル様と穏やかに夕食を摂っている最中のこと。
 ヴィクトル様の口から飛び出した衝撃的な言葉に、私は信じられない気持ちになった。思わずフォークを落としてしまったけれど、そんなことも気にならないくらい。

「あれ、聞き取れなかったかな? 離縁してくれ、シャーリン」

 ……聞き間違いじゃ、なかった。
 なぜ? どうして? つい昨日だって、「君は本当に美しいね」と私を褒めてくださっていたのに。
 私は震える声で問いかける。

「わ、私……なにかヴィクトル様の気に障るようなことをしてしまったでしょうか……? もし、そうでしたら……」

 すると、ヴィクトル様は心底おかしそうな声で……今まで見たことがない、醜い笑みを浮かべた。

「は、はっははは……!!! 違うよ、シャーリン。私はね、そもそも君のことを最初から愛してなんかいなかったんだから」
「……何を、仰って」
「わからないのか? 君は本当に馬鹿だなぁ、シャーリン!」

 ____この人は、本当にヴィクトル様なの?
 私を氷ではなく花だと仰ったヴィクトル様と、同一人物だっていうの……?

 ヴィクトル様がガタン!と立ち上がる。そして食事用のナイフを持って、一歩一歩ゆっくりと、けれども着実に私のもとへと近づいてきた。

「まぁ、だから君……いや、お前を選んだんだけどな。この歳になると、周りがうるさくて仕方ないんだ。君だって同じだったろう?」
「……」
「つまりは利害の一致だよ。お互いに都合が良いと思ったから結婚しただけだ。友人のいない君なら、離縁したって悲しむ人もほとんどいないだろう? それに、魔法の使える人間と結婚したとなれば……クラウゼン侯爵家にも箔が付く」
「……どういうことですか、私を、愛してくれているのではなかったのですか……?」
「馬鹿なことを言うな。私が愛しているのは昔からただ一人だけだ。そしてそれは……シャーリン、お前ではない!!」

 ヴィクトル様が、私の首筋にナイフを突きつける。

 もう、ヴィクトル様が何を仰っているのか、自分の身に何が起こっているのかわからなかった。
 ただひとつわかることは、私はヴィクトル様に愛されてなんていなかった。初めから全部、全部全部嘘だった。

 たくさんデートをしてくれたのも、愛を囁いてくれたのも、私を自慢だと仰ってくださったのも……私が、魔法が使える『氷の令嬢』だったから。都合がよかったから。抱いてくれなかったのは、私を愛してなんかいなかったから。
 ただ、それだけだったんだわ。

「…………一つだけ、聞いてもよろしいですか」

 目を瞑って、静かに私は問いかける。

「なんだ?」
「どうして、私にそのことを教えてくださったのですか?」
「簡単な話だ。お前は今から死ぬんだからな」

 ヴィクトル様のその言葉を合図に、使用人たちが私を拘束した。
 私はもう、抵抗する気力さえ湧かなかった。本気を出せば、ヴィクトル様もこの使用人たちも凍らせることができたけれど……。そんなことをした暁には、「夫と使用人を殺そうとした恐ろしい魔女」として、私は処刑されてしまうだけでしょうから。
 そもそもこの国では、許可なく魔法で人を傷つけるようなことは禁止されている。

 どうせ、私の味方なんて、もうどこにもいないのだわ。

「ハッ、やはりお前はつまらない女だな、シャーリン。まぁいい、彼女と一緒になる準備が整った今……私の人生に、もうお前は必要ない」
「そのようですね」
「最期まで可愛げのない女だ。じゃあな、『氷の令嬢』」

 ヴィクトル様の言葉と同時に、急激に睡魔が襲ってきた。どうやら、食事に薬を混ぜられていたらしい。



 まさか私の人生、こんなところで終わるなんて。
 今はただ、むなしい。

 でも、もし来世があるとしたら、その時は、その時は絶対に…………

 生きて生きて、生き抜いてやるわ。



 ぐにゃりと世界が回る。
 そして、私はゆっくりと意識を失ったのだった。