身体が重い。
「……さま!」
私、殺されたのよね。じゃあ、今の私は魂?
「……お嬢様、シャーリンお嬢様! 目を覚ましてくださいませ」
「…………え?」
目を開けると、そこにいたのは伯爵令嬢時代の侍女。
私、夢を見ているのかしら……。
「うたたねなんて珍しいですね。ですが、今日は結婚式なのですから、しっかり起きていないといけませんよ」
____結婚式?
ハッとして、自分の服装を見る。
……ウェディングドレスだ。あの日と、まったく同じ……。
これは一体、どういうことなの。
「緊張なされていますか?」
そう侍女に問いかけられて、私は困惑しながらも「あの日」と同じセリフを返す。
「えぇ、少し……」
「大丈夫ですよ。クラウゼン侯爵はとてもお優しく素晴らしい方だと評判ですもの。きっと、シャーリンお嬢様のことも幸せにしてくださると思いますよ」
「そう、かしら……」
やっぱり、間違いない。同じセリフに、同じ仕草。今日は、私がヴィクトル様……いいえ、ヴィクトル・クラウゼンと結婚した日だ。
「お嬢様ったら、またそんな風に卑下なさって……。そろそろ入場のお時間ですよ、いってらっしゃいませ」
「…………ありがとう、いってくるわ」
夢なんじゃないかと自分の頬を軽くつねってみたけれど、痛い。
これは、現実なんだ。
意味が分からないけれど……でもこれは、人生をやり直すチャンスよ。
きっと、神様がプレゼントしてくれたのね。
……まさか私にこんな幸運が訪れるなんて、思ってもみなかった。
涙目の父と腕を組んで、会場に入場する。ウェディングドレスはこんなに重いのに、バージンロードを一歩ずつ歩くたび、心が軽くなる気がした。
そして、バージンロードの上で先に待っていたヴィクトル・クラウゼン……いいえ、あの男と目が合う。彼の優しい微笑みに隠された素顔を、私は知っている。
父から離れて、男に腕を絡ませる。
祭壇の前に着いた私たちに、神父が問いかけた。
「汝、ヴィクトル・クラウゼンはシャーリン・エルフィナードを妻とし、神の教えに従い、死がふたりを分かつまで共に生きることを誓いますか?」
「誓おう。どんな過酷な運命が待っていようとも、私は生涯シャーリンを愛し続ける」
「汝、シャーリン・エルフィナードはヴィクトル・クラウゼンを夫とし、病めると時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、愛し敬い、慈しむことを誓いますか?」
「……はい、誓います」
私も彼も、心からの愛なんて誓っていない。口先だけの誓い。でも、そのことを知っているのは私だけ。
わぁ、と会場に拍手と歓声が沸き起こる。
今から私は二度目の結婚をする。
____私のことを、殺した男と。
誓いのキスは、最悪な気分だったけれど。
そのキスの感触が、これは夢じゃない、私は生きているのだと……強く感じさせてくれた。
こうして私は、またしてもシャーリン・クラウゼン侯爵夫人になった。
***
結婚式が終わり、教会を出る。外にいた人々から祝福の声を浴びて、私はふわりと微笑みながら軽やかに礼をした。夫も愛想のいい笑みを浮かべながら手を振っている。
「シャーリン、手を」
「……えぇ、ありがとうございます。紳士ですのね」
私と夫は、教会の前に停められていた華美な馬車に乗り込む。一度目の人生ではドキドキして嬉しかったエスコートも、今は寒気しか感じない。
結婚式事は思えないような重苦しい空気が流れる中、夫が口を開いた。
「それにしても、さっきは驚いたな。シャーリン、君は初対面の人々に笑顔なんかふりまかないと思っていたよ」
「ふふ、私も侯爵夫人になったんですもの。いつまでも『氷の令嬢』じゃいられませんわ。これからは社交の場でも沢山の方といろいろな話をして……公私ともに、ヴィクトル様を支えられる妻になりますわ」
「……それは、頼もしいな」
私の言葉を聞いた夫は静かに笑みを浮かべたが、その笑みが少し引き攣っていたことに私は気付いていた。
そうよね。あなたは愛想がなくて社交性もない、友人もいない私だから結婚したんだものね。ふふ、困るでしょう? 私が急に笑うようになったから、驚いているのよね。
でもこの笑顔も社交性も、教えてくれたのはあなただったのよ? ヴィクトル・クラウゼン侯爵。
……再び、重い沈黙が流れた。
ちなみにだけれど、私たちが乗っているこの馬車は侯爵邸へ向かっている。
侯爵邸で披露宴を行うためだ。これも、一度目の人生とまったく同じ。違うのは、私の中身だけ。
私の両親はもちろん、夫の親族や友人、有力貴族も多く参加する。名門侯爵家にもなれば、その規模だって段違いだ。豪華な食事、おいしいお酒、優雅なダンスに音楽の生演奏……。
誰が見ても幸せで、きっと普通の令嬢なら人生最高の日を更新できるのでしょうね。
けれど、この披露宴は大切な社交の場でもある。一度目の人生の私はその重要性もわからずに、誰に話しかけられても新婦とは思えないような態度でしか話せなかった。まぁ、実際は緊張しすぎてかたまっていただけなのだけれど……きっと、私の印象は最悪だったでしょうね。
でも、今は違う。
一度目の人生で結婚してから一年以上社交の場に出続けて、偽物の愛を知った私は……淑女の仮面を簡単に被れるようになったのよ。もちろんそんなこと、夫は知らないだろうけど。
ガタン、と馬車が揺れて、ゆっくりと止まった。どうやら、侯爵邸に到着したみたい。
……なら、ここからが本当の始まりね。
私はもう二度と失敗しない。そのために、まずはこの披露宴で『シャーリン・クラウゼン侯爵夫人』という存在をみんなに印象付ける。
笑って、話して……今度の人生では友人を……いえ、「味方」を作るのよ。すべては、夫が私を殺した理由である「夫の愛人」の正体を探るため。そして、その不貞の証拠を掴んで、一年以内に夫と離縁するために。
***
披露宴が始まった。
「シャーリン、本当におめでとう!」
「ありがとうございます、お母様」
涙を流しながら喜ぶ母。その姿を見て、私は初めて罪悪感を抱いた。
私は愛していない男……いいえ、憎んでいる男と結婚し、離縁しようとしている。そして夫も、私のことを愛していない。それどころか、これから不貞を働く予定であり、私のことを殺すつもりなのだ。
「クラウゼン侯爵、どうか娘をよろしくお願いいたします」
「もちろんです。生涯幸せにすると誓いましょう。こんなに美しい令嬢を娶ることができて、私はこの国一番の幸せ者です」
「もう、ヴィクトル様ったら……」
本当に、呆れるくらい演技がお上手ね。よくもまぁそんな思ってもいない言葉がペラペラ口からでてくるものだわ。尊敬してしまうわよ。
父もすっかり夫を信頼しきったようで、涙目でうんうんと頷きながら夫と握手をしている。私はそれを、笑顔の仮面を被りながら見ていた。
「なんだか……シャーリン、表情が変わったわね? 前は社交の場では笑うことができなかったのに……」
母が驚いたように私を見る。ぎくりとした。
そうだわ、ずっと私を見てくれていた両親が、私の変化に気付かないわけがない。かといって、まさか結婚生活をやり直ししている、なんていっても信じてもらえるはずがないわ。
私だって、いまだに半信半疑なんだもの……。
それに、これ以上夫に疑われるのはまずい。
「……ヴィクトル様の、おかげですわ。彼のプロポーズの言葉で、私は生まれ変わることができたのです。これからは、お母様たちから教わったことを大切に、侯爵夫人として相応しい振る舞いをいたします」
「まぁ、そうだったのね……!! 娘をこんなに変えてくれた方なら、安心して娘を任せられますわ。今後とも、ぜひよろしくお願いいたします」
私の苦し紛れの言い訳に、母は納得したようだった。
母はお人好しで人が良い。だから、当然私のことも夫のことも疑うなんて発想がない。
……私も、夫に殺されるまではもっと素直な性格をしていたのだけれど。随分、変わってしまいましたわね……。
「では、そろそろ私共は失礼いたします」
両親が去っていく。そういえば、一度目の結婚の後に両親と会えたのは、たったの一回だけだったわね。夫は私が外に出るのを嫌がったから、私も素直にそれに従っていたのだわ。嫌われたくなくて。
なのに、そんな夫に殺されるなんて……訃報を聞いた両親はどう思ったのかしら。きっと私はあのあと、馬車にでも乗せられて事故の体で処理されたんでしょうけれども。
「……シャーリン、顔が険しいが……緊張しているのか?」
いけないいけない、過去のことを思い出すとつい、この男を許せない気持ちでいっぱいになってしまう。ここは社交の場。侯爵夫人にとって……貴族にとって戦場同然なのだから、しっかり笑っていないとね。
「えぇ、お恥ずかしいですが少し。ですが、もう大丈夫ですわ。さぁ、ご挨拶に参りましょう?」
「あ、あぁ、そうだな……」
恥じらった表情を見せて、気丈に振る舞う。これも、一度目の結婚生活で身に着けたこと。
……いいえ、それよりも格段に演技や振る舞いが上手くなっているわね。一回死んで失うものが何もないから、こんな風に振る舞えるのかしら。
____そう考えたら、なんだか皮肉ね。
私は心の中で自嘲しながら、夫に腕を絡ませて挨拶へと向かったのだった。
***
「…………流石に、疲れたわ」
盛大に行われた披露宴は、それはもう長い間盛り上がった。何時間続いたのかしら? 詳しいことはわからないけれど……。
無事に披露宴もお開きとなって、今は侍女が用意してくれていた私室のベッドに倒れ込んでいる。
もう最後の方なんて、私のひ弱な表情筋がピクピクしていたわ。それもそうよね、今の私の身体は笑うことに全く慣れていないんだもの。
____けれど、収穫はあった。
一度目の人生で、友人とまではいかないまでも……何度かお茶会に誘っていただけたり、お話したことがあるヴァイス公爵夫人と接触することが出来たのだから。
彼女は公爵夫人なだけあって、人脈があって顔が広い、そしてなによりも少し噂好きでお人好し。
彼女ならば、夫の「愛している女性」とやらの情報を何か知っているかもしれないわ。
……私が殺される直前の口ぶりからして、夫と愛人は定期的に密会を重ねていたはず。そんなことをして、上流貴族の間でひとつも噂にならない訳がないもの。
それに、ヴァイス公爵夫人はとても親身になってくれるはずよ。だって……
「私はあまり評判も良くなくて……素晴らしい夫に釣り合う侯爵夫人になるために、ヴァイス公爵夫人に色々とご教授願いたいのです」
…………こんなことを言ったんだから、面倒みの良いヴァイス公爵夫人は絶対に話を聞いてくださるわ。
それに、一度目の結婚生活の時、夫は私が一人で社交の場に出ることをあまり良しとしなかったけれど……。ヴァイス公爵夫人なら話は別だわ。
なんと言っても、この国の三大公爵家のうちのひとつなんですもの。いくら「愛しいシャーリンを一人で社交の場に送り出すなんて、心配だよ」なんて薄っぺらいセリフを並べていた夫でも、ヴァイス公爵家レベルとの関係は保っておきたいらしい。
一度目の人生でも、上流貴族とのお茶会は許されたのよね。本当、打算的で助かるわ。まぁ、貴族なんてそんなものよね。
……兎にも角にも、ヴァイス公爵夫人に誘っていただけたお茶会の予定は、十日後。
それまでにプレゼントを調達したり、ドレスを準備したり……することは山積みね。これから忙しくなるわよ。
けれど、私にはその前に乗り越えなければならない、一大イベントがある。
____コン、コン、コン……
「奥様、失礼いたします。お支度を整えに参りました。……本日は、大切な夜でございますから」
「そうね、ありがとう」
そう、結婚初夜だ。
準備は侍女が完璧にしてくれるから問題ない。けれど、勝負はその後よ。
夫は私を抱かない、それは知っている。それに、私だって夫に抱かれたいなんて今は思わない。
けれど、前回の結婚生活の時のように……「抱く」「抱かない」の主導権を夫に握らせてはいけない。
絶対に、私がコントロールしてみせる。
それに、今考えている作戦が上手く行けば……今後夫に対して有利に立ち回れるようになるかもしれないもの、ね。
「じゃあ、準備をお願いするわね」
「もちろんでございます」
____あなた達の大切な主人を、貶めるための種を撒くための準備を……ね。
「……さま!」
私、殺されたのよね。じゃあ、今の私は魂?
「……お嬢様、シャーリンお嬢様! 目を覚ましてくださいませ」
「…………え?」
目を開けると、そこにいたのは伯爵令嬢時代の侍女。
私、夢を見ているのかしら……。
「うたたねなんて珍しいですね。ですが、今日は結婚式なのですから、しっかり起きていないといけませんよ」
____結婚式?
ハッとして、自分の服装を見る。
……ウェディングドレスだ。あの日と、まったく同じ……。
これは一体、どういうことなの。
「緊張なされていますか?」
そう侍女に問いかけられて、私は困惑しながらも「あの日」と同じセリフを返す。
「えぇ、少し……」
「大丈夫ですよ。クラウゼン侯爵はとてもお優しく素晴らしい方だと評判ですもの。きっと、シャーリンお嬢様のことも幸せにしてくださると思いますよ」
「そう、かしら……」
やっぱり、間違いない。同じセリフに、同じ仕草。今日は、私がヴィクトル様……いいえ、ヴィクトル・クラウゼンと結婚した日だ。
「お嬢様ったら、またそんな風に卑下なさって……。そろそろ入場のお時間ですよ、いってらっしゃいませ」
「…………ありがとう、いってくるわ」
夢なんじゃないかと自分の頬を軽くつねってみたけれど、痛い。
これは、現実なんだ。
意味が分からないけれど……でもこれは、人生をやり直すチャンスよ。
きっと、神様がプレゼントしてくれたのね。
……まさか私にこんな幸運が訪れるなんて、思ってもみなかった。
涙目の父と腕を組んで、会場に入場する。ウェディングドレスはこんなに重いのに、バージンロードを一歩ずつ歩くたび、心が軽くなる気がした。
そして、バージンロードの上で先に待っていたヴィクトル・クラウゼン……いいえ、あの男と目が合う。彼の優しい微笑みに隠された素顔を、私は知っている。
父から離れて、男に腕を絡ませる。
祭壇の前に着いた私たちに、神父が問いかけた。
「汝、ヴィクトル・クラウゼンはシャーリン・エルフィナードを妻とし、神の教えに従い、死がふたりを分かつまで共に生きることを誓いますか?」
「誓おう。どんな過酷な運命が待っていようとも、私は生涯シャーリンを愛し続ける」
「汝、シャーリン・エルフィナードはヴィクトル・クラウゼンを夫とし、病めると時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、愛し敬い、慈しむことを誓いますか?」
「……はい、誓います」
私も彼も、心からの愛なんて誓っていない。口先だけの誓い。でも、そのことを知っているのは私だけ。
わぁ、と会場に拍手と歓声が沸き起こる。
今から私は二度目の結婚をする。
____私のことを、殺した男と。
誓いのキスは、最悪な気分だったけれど。
そのキスの感触が、これは夢じゃない、私は生きているのだと……強く感じさせてくれた。
こうして私は、またしてもシャーリン・クラウゼン侯爵夫人になった。
***
結婚式が終わり、教会を出る。外にいた人々から祝福の声を浴びて、私はふわりと微笑みながら軽やかに礼をした。夫も愛想のいい笑みを浮かべながら手を振っている。
「シャーリン、手を」
「……えぇ、ありがとうございます。紳士ですのね」
私と夫は、教会の前に停められていた華美な馬車に乗り込む。一度目の人生ではドキドキして嬉しかったエスコートも、今は寒気しか感じない。
結婚式事は思えないような重苦しい空気が流れる中、夫が口を開いた。
「それにしても、さっきは驚いたな。シャーリン、君は初対面の人々に笑顔なんかふりまかないと思っていたよ」
「ふふ、私も侯爵夫人になったんですもの。いつまでも『氷の令嬢』じゃいられませんわ。これからは社交の場でも沢山の方といろいろな話をして……公私ともに、ヴィクトル様を支えられる妻になりますわ」
「……それは、頼もしいな」
私の言葉を聞いた夫は静かに笑みを浮かべたが、その笑みが少し引き攣っていたことに私は気付いていた。
そうよね。あなたは愛想がなくて社交性もない、友人もいない私だから結婚したんだものね。ふふ、困るでしょう? 私が急に笑うようになったから、驚いているのよね。
でもこの笑顔も社交性も、教えてくれたのはあなただったのよ? ヴィクトル・クラウゼン侯爵。
……再び、重い沈黙が流れた。
ちなみにだけれど、私たちが乗っているこの馬車は侯爵邸へ向かっている。
侯爵邸で披露宴を行うためだ。これも、一度目の人生とまったく同じ。違うのは、私の中身だけ。
私の両親はもちろん、夫の親族や友人、有力貴族も多く参加する。名門侯爵家にもなれば、その規模だって段違いだ。豪華な食事、おいしいお酒、優雅なダンスに音楽の生演奏……。
誰が見ても幸せで、きっと普通の令嬢なら人生最高の日を更新できるのでしょうね。
けれど、この披露宴は大切な社交の場でもある。一度目の人生の私はその重要性もわからずに、誰に話しかけられても新婦とは思えないような態度でしか話せなかった。まぁ、実際は緊張しすぎてかたまっていただけなのだけれど……きっと、私の印象は最悪だったでしょうね。
でも、今は違う。
一度目の人生で結婚してから一年以上社交の場に出続けて、偽物の愛を知った私は……淑女の仮面を簡単に被れるようになったのよ。もちろんそんなこと、夫は知らないだろうけど。
ガタン、と馬車が揺れて、ゆっくりと止まった。どうやら、侯爵邸に到着したみたい。
……なら、ここからが本当の始まりね。
私はもう二度と失敗しない。そのために、まずはこの披露宴で『シャーリン・クラウゼン侯爵夫人』という存在をみんなに印象付ける。
笑って、話して……今度の人生では友人を……いえ、「味方」を作るのよ。すべては、夫が私を殺した理由である「夫の愛人」の正体を探るため。そして、その不貞の証拠を掴んで、一年以内に夫と離縁するために。
***
披露宴が始まった。
「シャーリン、本当におめでとう!」
「ありがとうございます、お母様」
涙を流しながら喜ぶ母。その姿を見て、私は初めて罪悪感を抱いた。
私は愛していない男……いいえ、憎んでいる男と結婚し、離縁しようとしている。そして夫も、私のことを愛していない。それどころか、これから不貞を働く予定であり、私のことを殺すつもりなのだ。
「クラウゼン侯爵、どうか娘をよろしくお願いいたします」
「もちろんです。生涯幸せにすると誓いましょう。こんなに美しい令嬢を娶ることができて、私はこの国一番の幸せ者です」
「もう、ヴィクトル様ったら……」
本当に、呆れるくらい演技がお上手ね。よくもまぁそんな思ってもいない言葉がペラペラ口からでてくるものだわ。尊敬してしまうわよ。
父もすっかり夫を信頼しきったようで、涙目でうんうんと頷きながら夫と握手をしている。私はそれを、笑顔の仮面を被りながら見ていた。
「なんだか……シャーリン、表情が変わったわね? 前は社交の場では笑うことができなかったのに……」
母が驚いたように私を見る。ぎくりとした。
そうだわ、ずっと私を見てくれていた両親が、私の変化に気付かないわけがない。かといって、まさか結婚生活をやり直ししている、なんていっても信じてもらえるはずがないわ。
私だって、いまだに半信半疑なんだもの……。
それに、これ以上夫に疑われるのはまずい。
「……ヴィクトル様の、おかげですわ。彼のプロポーズの言葉で、私は生まれ変わることができたのです。これからは、お母様たちから教わったことを大切に、侯爵夫人として相応しい振る舞いをいたします」
「まぁ、そうだったのね……!! 娘をこんなに変えてくれた方なら、安心して娘を任せられますわ。今後とも、ぜひよろしくお願いいたします」
私の苦し紛れの言い訳に、母は納得したようだった。
母はお人好しで人が良い。だから、当然私のことも夫のことも疑うなんて発想がない。
……私も、夫に殺されるまではもっと素直な性格をしていたのだけれど。随分、変わってしまいましたわね……。
「では、そろそろ私共は失礼いたします」
両親が去っていく。そういえば、一度目の結婚の後に両親と会えたのは、たったの一回だけだったわね。夫は私が外に出るのを嫌がったから、私も素直にそれに従っていたのだわ。嫌われたくなくて。
なのに、そんな夫に殺されるなんて……訃報を聞いた両親はどう思ったのかしら。きっと私はあのあと、馬車にでも乗せられて事故の体で処理されたんでしょうけれども。
「……シャーリン、顔が険しいが……緊張しているのか?」
いけないいけない、過去のことを思い出すとつい、この男を許せない気持ちでいっぱいになってしまう。ここは社交の場。侯爵夫人にとって……貴族にとって戦場同然なのだから、しっかり笑っていないとね。
「えぇ、お恥ずかしいですが少し。ですが、もう大丈夫ですわ。さぁ、ご挨拶に参りましょう?」
「あ、あぁ、そうだな……」
恥じらった表情を見せて、気丈に振る舞う。これも、一度目の結婚生活で身に着けたこと。
……いいえ、それよりも格段に演技や振る舞いが上手くなっているわね。一回死んで失うものが何もないから、こんな風に振る舞えるのかしら。
____そう考えたら、なんだか皮肉ね。
私は心の中で自嘲しながら、夫に腕を絡ませて挨拶へと向かったのだった。
***
「…………流石に、疲れたわ」
盛大に行われた披露宴は、それはもう長い間盛り上がった。何時間続いたのかしら? 詳しいことはわからないけれど……。
無事に披露宴もお開きとなって、今は侍女が用意してくれていた私室のベッドに倒れ込んでいる。
もう最後の方なんて、私のひ弱な表情筋がピクピクしていたわ。それもそうよね、今の私の身体は笑うことに全く慣れていないんだもの。
____けれど、収穫はあった。
一度目の人生で、友人とまではいかないまでも……何度かお茶会に誘っていただけたり、お話したことがあるヴァイス公爵夫人と接触することが出来たのだから。
彼女は公爵夫人なだけあって、人脈があって顔が広い、そしてなによりも少し噂好きでお人好し。
彼女ならば、夫の「愛している女性」とやらの情報を何か知っているかもしれないわ。
……私が殺される直前の口ぶりからして、夫と愛人は定期的に密会を重ねていたはず。そんなことをして、上流貴族の間でひとつも噂にならない訳がないもの。
それに、ヴァイス公爵夫人はとても親身になってくれるはずよ。だって……
「私はあまり評判も良くなくて……素晴らしい夫に釣り合う侯爵夫人になるために、ヴァイス公爵夫人に色々とご教授願いたいのです」
…………こんなことを言ったんだから、面倒みの良いヴァイス公爵夫人は絶対に話を聞いてくださるわ。
それに、一度目の結婚生活の時、夫は私が一人で社交の場に出ることをあまり良しとしなかったけれど……。ヴァイス公爵夫人なら話は別だわ。
なんと言っても、この国の三大公爵家のうちのひとつなんですもの。いくら「愛しいシャーリンを一人で社交の場に送り出すなんて、心配だよ」なんて薄っぺらいセリフを並べていた夫でも、ヴァイス公爵家レベルとの関係は保っておきたいらしい。
一度目の人生でも、上流貴族とのお茶会は許されたのよね。本当、打算的で助かるわ。まぁ、貴族なんてそんなものよね。
……兎にも角にも、ヴァイス公爵夫人に誘っていただけたお茶会の予定は、十日後。
それまでにプレゼントを調達したり、ドレスを準備したり……することは山積みね。これから忙しくなるわよ。
けれど、私にはその前に乗り越えなければならない、一大イベントがある。
____コン、コン、コン……
「奥様、失礼いたします。お支度を整えに参りました。……本日は、大切な夜でございますから」
「そうね、ありがとう」
そう、結婚初夜だ。
準備は侍女が完璧にしてくれるから問題ない。けれど、勝負はその後よ。
夫は私を抱かない、それは知っている。それに、私だって夫に抱かれたいなんて今は思わない。
けれど、前回の結婚生活の時のように……「抱く」「抱かない」の主導権を夫に握らせてはいけない。
絶対に、私がコントロールしてみせる。
それに、今考えている作戦が上手く行けば……今後夫に対して有利に立ち回れるようになるかもしれないもの、ね。
「じゃあ、準備をお願いするわね」
「もちろんでございます」
____あなた達の大切な主人を、貶めるための種を撒くための準備を……ね。

