消して、奪って、きみだけを


「えっ、と」

 そんな予感が確かにあるものの、確信までは持てない。
 思わず再び彼を見やると目が合った。

「羽衣……」

 わたしの名前をなぞるように呟き、ふわりと表情を和らげる。

「やっと会えた」

 どきりと心臓が音を立てた。
 柔らかい光をまとうような笑顔の奥に、無意識のうちに知っている色を探り当てた気がした。

 胸のざわめきが増して、たまらず目を落とす。

 そのとき、地面に何か落ちていることに気がついた。

 拾い上げてみると、それは小さなしおりだった。
 桜の押し花のそれは見るからに手作りのもので、結んだリボンの先が少しほつれている。

 どくん、とまたしても心臓が打った。

「これ……」

 思わずじっと見つめてしまうと、彼が「あ」と声を上げる。

「大事なものなんだ。ありがとう」

 わたしの手からしおりを受け取り、ほどけるような笑顔を向けられる。
 まるで花が開いたみたいな表情に何も言えないでいるうち、彼は穏やかに顔を傾けた。

「またね、羽衣。近いうちに会えるよ」

 そう言い残すと、きびすを返して歩き去っていく。

 その後ろ姿が見えなくなるまで立ち尽くしてしまったものの、最初に我に返った日和がわたしを小突いた。

「ねぇ、どういうこと? 誰なの?」

「本当に知り合いなのか?」

 続いた涼にも答えられず、未だ衝撃から立ち直れないでいた。
 ざわめきどころか嵐のような風が心の中で吹き荒れる。

(あのしおりを持ってたってことは────)

 直感も既視感も気のせいじゃなかった。
 晴れているのに雨のにおいがして、記憶の蓋がひとりでに開いていく。

(叶人(かなと)くんなの……?)

 あの日からずっと謝りたくて、会いたくて、片時も忘れられなかった“彼”。

 刺さったままの棘が(うず)く。
 戸惑いと動揺が駆け巡り、見えなくなった背中からまだ目を逸らせなかった。



     ◇



「お、おはよ。桜木さん」

 教室に入ったとき、ふいに声をかけられた。

「あ、おはよう」

 同じクラスの高橋(たかはし)くん。
 前に落としものを拾ってくれたときから、こうしてたびたび声をかけてくれるようになった。

「だいぶ空曇ってて暗いね。雨降られなかった?」

「うん、大丈夫だった。でも本当にいつ降ってきてもおかしくないね」

 何かと気にかけてくれる優しい高橋くんに笑い返し、窓から空を見上げた。

 灰色の厚い雲が隙間なく覆っていて、蛍光灯の光がいつもより眩しく感じられる。

 また胸の奥がさざめいた。
 いままでよりも近い、意識の表層部分に“彼”との思い出が浮かび上がってくる。