その手を握り返して尋ねると、目を見張った叶人くんが一拍置いて笑う。
「……プロポーズ?」
そんなふうに受け取られるとは思わず、どきりと心臓が跳ねた。
「えっ!? や、ちがうよ!」
「ちがうの……?」
頬が熱を帯びていくのを自覚しながら慌てて否定すると、叶人くんはしょんぼりと眉を下げてそう聞き返してくる。
確信犯だと分かっていても、こういう表情には勝てない。
「ち、ちがわないけど……。そうじゃなくて……」
「じゃあ、どういう意味?」
何かを期待するような含みのある笑い方と、意地悪なのに甘い声色。
手だけじゃなく眼差しにも捕まってしまって逃げられない。
どきどき鳴り止まない鼓動が苦しいほどなのに嫌じゃなくて、観念したわたしは背伸びをした。
「……ずっと、好きってこと」
手を添えて耳元で伝えると、わたしを見つめた叶人くんがそっと頬に触れた。
次の瞬間には唇が塞がれる。
一度触れたら熱を増して、息継ぐ間もなく繰り返してくる。
「ち、ちょっと……っ」
どうにか押し返して抗議しようとしたのに、呼吸を整えるので精一杯。
叶人くんは満ち足りたように微笑んでいた。
突然で驚いた、とか、外なのに、とか、言おうとしたことまで見透かしているかもしれない。
「ごめん、あんまりかわいくてつい」
なんて笑いながら彼は首を傾ける。
こういうとき、わたしをからかいながらもその実すごくうれしそうなことに気づいてからは、愛しさが積もるようになった。
「……嫌だった?」
それでやきもちも不安も溶かせてしまうなら、何度でも、いくらでも体温をあげたい。
7年分の隙間が埋まったら、その先の空白も、募って止まない想いで満たされていくのだろう。
「嫌じゃないよ。嫌なわけない。叶人くんだから」
「……ずるいなぁ。だから心配になるんだよ」
困ったように笑い、ふわりとわたしの頭を撫でる。
陽だまりのようにあたたかくて優しい彼の手にほっとした。
────あの不思議な力は、消えてしまったのだと思う。
過去も罪も痛みも苦しみも忘れることはできないし、消すことだってできない。
だけど、それでよかった。
雨は降り止んだし、もうわたしたちにそんな麻酔は必要ないから。
「まあ、羽衣のそんなところが好きなんだけど」
そう言うと、わたしの手を握り直した。
指を絡め、耳元に顔を寄せてくる。
「……そこも、かな」
「もう……!」
赤く染まった頬を見て、叶人くんは満足そうに笑っていた。
先ほどの仕返しだろうか。
こんな調子では心臓がいくつあっても足りない気がする。
「大好きだよ、羽衣」
ふと、屈託のない純粋な笑顔を向けられた。
瞬いた瞬間の瞼の裏を桜の花びらが流れていく。
「わたしも」
心を満たす想いの心地よさに浸りながら、ぎゅ、と手に力を込めた。
柔らかい光を受けるブレスレットがきらめく。
────あの頃も、いまも、わたしたちはひとりじゃない。
これから先もずっと、一番そばにいる。
いつもと変わらない日常の一瞬一瞬が、叶人くんといるとどれも宝物のように思えた。
その輝きが当たり前じゃないことを知っているからこそ、一緒にいられる毎日がこんなにも眩しい。
もう簡単に離れたりしない。
たとえ傘の兵士に止められても、この手を絶対に離さない。
二度と失わないように、ふたりで歩いていくんだ。
かけがえのないきみの隣が、わたしの居場所だから。
【完】



