砂糖より甘く微笑みかけられ、思わず顔を綻ばせながら「うん」と頷く。
彼の笑みがうれしそうにいっそう深まった。
「もう、しょうがないなぁ……。じゃあ今日は譲ってあげる」
わざとふてくされたように言った日和は、鞄を肩にかけ直しながら「あ、でも」と叶人くんに言う。
「お昼は羽衣と涼と食べるから。……ま、あんたも混ざりたいなら混ざれば?」
そう言い残し、わたしに「またあとで」と笑いかけて席へ戻っていく。
そんな日和を見て、叶人くんと顔を見合わせると小さく笑った。
放課後、学校を出るなり彼はわたしの手を取った。
ぎゅ、と握り締めたまま一向に離そうとしない。
わずかに眉根に力を込め、口をつぐむその横顔を見上げて笑う。
「誰にやきもち妬いてるの?」
随分と表情から読み取れることが増えてきたように思う。
彼が何もかもを微笑みで完璧に隠すことをやめたというのもあるし、見逃せないほどわたしが彼のことを見ているというのもあるだろう。
果たして叶人くんはこちらを向き、困ったような顔をした。
いたずらが見つかってしまったみたいに。
「……だって、心配になる。みんながみんな、羽衣を好きになるから」
「そんなこと……。わたしは、ずっと自分が嫌いだった」
謙遜ではなくて、実際にそうだった。
浮かべた笑みは思ったよりやわくなり、身体のどこかに蓄積していた痛みが表層に浮かび上がってくる。
「あの日のことが忘れられなかったの」
あんなふうに誰かの人生を壊してしまうくらいなら、もう何もしない方がいいと思った。
だから、自分では何もしてこないで、ずっと受け身で流されるように生きてきた。
「羽衣……」
「それでも、自分の心と過去に向き合えたのは、叶人くんがいてくれたお陰だよ。……わたし、変われた」
記憶が戻ってからは、自分で決めた。
自分で選んだ────罪悪感に縛られたまま守られるだけのわたしから変われた。
「僕も同じだよ。羽衣のお陰で、過去じゃなくいまを生きられるようになった」
叶人くんはいっそう手に力を込める。
「……気づけたのも立ち止まれたのも、羽衣がいたから」
わたしから記憶を奪ったのは、罪悪感に苦しむわたしを守るためだった。
わたしから選択肢を消したのは、心を苛む苦痛を取り除くためだった。
だけど、どれだけ純粋な愛から始まっていても、それでは相手の心を壊死させて、血の通わない関係にしてしまう一方通行な“救済”だった。
必要だったのは、覚悟と勇気。
それは、わたしも叶人くんも同じだったんだ。
過去も傷も消えない。
それでも、いまあるこの時間は、未来は、わたしと彼の選択が繋いだもの。
忘れたまま何も知らないで彼のそばにいるより、ずっと幸せだと思える。
「じゃあ……これからも一緒にいてくれる?」



