消して、奪って、きみだけを


 未知の言語にでも触れたみたいに、難しそうな顔で眉を寄せる。
 困惑した様子で首を傾げた。

「そう、なの……? 喧嘩なんてしたことないから分からない」

 ふっと力が抜けて思わず笑う。

「だろうな。じゃあ、覚えとけよ。こういうときは仲直りすりゃいいだけのことなんだ」

「どうやって?」

「んー、そうだな。とりあえず────」

 涙で濡れた頬をそっと親指で拭ってやる。

「これでいい」

 そう頷いて笑いかけると、驚いて戸惑う立原から荷物を受け取った。
 ふたり分の鞄を肩にかけ、今度こそ靴箱へ向かうと上靴に履き替える。

「なあ、じゃあこれも知らないだろ。喧嘩するとますます仲良くなれるんだ」

「そうなんだ……。じゃあ、次に喧嘩したときはわたしが篠崎くんの涙を拭いてあげる。それが“仲直り”なんだよね?」

 純真な目を向けられて、不覚にも息をこぼすように笑ってしまう。
 何度笑わせられることやら。それでも、何だか妙に楽しい。

「ばーか、俺は泣かねぇよ」

「え……じゃあ、どうやって仲直りするの?」

「そもそも何で喧嘩する前提なんだよ」

 呆れて返しつつ、立原のペースに合わせて階段を上っていく。

 さすがにもう自ら傷つけることはないだろうが、彼女の足はよくなるまでまだ時間がかかりそうだった。

 ────“治るまで”と最初は言ったけれど、その約束を守る必要だってなくなったけれど、いま、俺は自分の意思でここにいる。

 治ったあとのことは、そのときの自分にまた委ねようと思った。



     ◇



 机に鞄を置くと、うさぎと並んだ白猫のマスコットが揺れる。
 そのふわふわの毛並みを指先で撫でたとき、朗々(ろうろう)と明るい声が耳に届いた。

「おはよー、羽衣!」

 笑顔を弾けさせながら教室へ入ってきた日和の鞄にも、同じ白猫がいた。

 わたしの方には桜色のリボン、日和の方には黄色のリボンがそれぞれ首に巻かれている。
 文化祭の日にほつれたそれを、結び直すかのように彼女がそうしてくれた。

「日和、おはよう」

「あ、忘れてた。昨日の写真送るねー」

 手早くスマホを操作すると、昨日の放課後にふたりで行ったカフェでの写真や気まぐれに撮った何てことない写真がわたしに届く。

 久しぶりに日和と遊べて楽しかった実感が蘇り、それらを眺めながら頬を緩めた。

「ねぇ、今日も遊ぼうよ。カラオケ行かない?」

「今日も? でも────」

 言いかけたそのとき、わたしと日和の間に割り込むように誰かの手が伸びてきた。

「だーめ。今日は僕の番だから」

 その手でそのままわたしの肩を抱き、自分の方に引き寄せた叶人くんが言う。
 声色は甘いのに、こういうときは隙のない笑顔だ。

「ね?」