消して、奪って、きみだけを


 どうやら、そればかりは嘘じゃなかったみたいだ。

 確かに校外学習のときは俺が助けたという形になるのかもしれない。
 そうだとしても、彼女にとって唯一信を置ける人間になるほどの特別な出来事だったとは思えない。

 立原は目を伏せたまま、顔を上げなかった。
 何か言おうと開きかけた口を閉じ、ややあってもう一度開く。

「わたし……ずっと誰のことも信用できなかった。小さい頃から、親も大人も誰も頼れなかったし、弱みを見せたら捨てられると思ってた」

 (よど)みない口調なのに言葉は重く、戸惑ってしまう。

 しかし、同時に腑に落ちた部分もあった。
 その淡白さとノーブルな(かげ)りは、感情や本音を隠すように生きてきたゆえだったのだ。

「……だから、あのときも“平気”なんて言ったのか」

 こくりと立原は小さく頷く。
 痛めた足を引きずりながら、そんなふうに強がって隠そうとした理由が分かった。
 
『嘘つけ。どっかで捻ったんだろ。悪化するとあれだし掴まれよ』

 何気なく差し出した手に固まるほど驚き、衝撃を受けていたのも、だからだったわけだ。

 幼少期から“痛い”とも“辛い”とも言えない環境に身を置き、ひとり耐え忍ぶような生き方が当たり前になっていたら、俺なら手を差し伸べられた瞬間に世界が反転したような感覚になると思う。

「あなただけが気づいて、助けてくれた。それから気になるようになったの……。この人にだけは、本音や弱みを見せても平気かもしれないって」

 その眼差しのまっすぐさは、強さゆえではないのだといまなら分かった。
 当初、立原が言っていたことが自ずと思い出される。

 ────わたしには分かる。あの短時間でも、篠崎くんの優しさに触れて裏表がない人だって思った。この人は信用できるって直感的に確信したんです。

 ────だから、またわたしを手助けして。

 わざと左足を怪我したのは、若宮の指示で俺を羽衣から引き剥がすためではなかったのだ。

 それはあくまで若宮の都合。
 立原はただ、そうすれば再び俺が手を差し伸べるものだと本気で信じていた。

「それでもそばにいてくれるのなら、信じられる唯一の存在かもしれない。……そう勝手に期待して、勝手に試して、勝手に失ったの」

 伏せた睫毛が揺れ、涙がこぼれ落ちた。
 月の雫みたいなそれが白い頬を伝い流れていく。