その声は間違いなく俺の背中に投げかけられていた。
無視して行けばよかったのに、何となく立原の表情が浮かんでしまって動けない。
せめて振り返らないでおこうと思ったが、不規則な足音がしてつい後ろを向いてしまう。
痛めた足を引きずるようにして、慌てて駆け寄ってこようとしていた。
「おい……」
嫌な予感を覚えたちょうどそのとき、バランスを崩した立原がつまずく。
「……っ」
反射的に手を伸ばした。
俺の腕に掴まったことでことなきを得たものの、抱きとめるような形になってしまった。
立原は驚いたように目を見張る。
その距離に必要以上の意味が生まれる前に、体勢を整えたことを確かめて離れた。
「ありがとう……」
「……ああ」
目を逸らして頷く。
何か言いたげにしているのが分かったから、ついそうした。
いまさら何なのだろう。
そこまでして何を伝えたいんだろう。
散々嘘をついてきたくせに、あんな身勝手なことまでしたくせに、どういうつもりなのか。
ただ利用されて裏切られたんだと思えば自分のために怒れるのに、そのことにショックを受けたことも事実であるせいで突っぱねることができない。
そのショックが思いのほか大きく、未だ引きずっていることにいま気がついた。
感情が迷子だから、まともに顔も見られない。
「────ごめんなさい」
一拍以上の間を置いて、立原が重たげに言った。
「わたし……篠崎くんの気持ちを無視して、自分の想いばかり押しつけてしまった。勝手なことを……あなたにとって最悪の形で」
意外だった。
悪気がないからこそ、そういう距離感や互いの機微は決定的にずれ続けると思っていた。
相手の目を通して自分を見ることは、いまの立原にとってさぞ痛みを伴う気づきだっただろう。
ぎゅ、とスカートの裾を握り締める。
何か縋れるものが必要だったのかもしれない。
「どうすればいいのか分からなかった。いまも分からない。ただ、嫌われたくない。怖い。とにかく怖かっただけなんです」
孤高の花がはらはらと散っていく。
剥き出しにされた本音は、思っていたよりずっと素直なものだった。
うつむいた立原の顔を絹みたいな髪が覆い、濃い影を落とす。
「やっと信じられる相手が現れたと思った……。嫌われたくなかった。失いたくなかったのに」
震えるその声を聞き、眉を寄せる。
最初からずっと気になっていたことがあった。
「何で、そこまで俺のこと……?」



