消して、奪って、きみだけを


「おまえ……」

 驚いたようにこぼした涼と、あたしはたぶん同じような表情をしていたと思う。

 現れたのは、叶人くんだった。

 いったい、あたしたちに何の用だろう。
 戸惑い半分、警戒半分といったところでつい身構えてしまう。

 これまでのように、優位に固めた足場の上から見下ろしにきたのだろうか。
 すべてを知ってもなお羽衣に受け入れてもらえた、そのことを鼻にかけて嘲笑いに?

 けれど、彼の顔にいつものような完璧な笑みは貼りついていなかった。
 神妙(しんみょう)に眉を寄せ、伏せた睫毛の影が白い頬に揺れている。

「……ごめん」

 聞き間違いかと思った。
 思わぬひとことに驚いていると、叶人くんはうつむいたまま言葉を選んで紡いでいく。

「僕が……身勝手にもふたりを傷つけた。羨ましいのと、不安と、嫉妬と……羽衣を苦しめたくないってだけじゃなくて、そういう気持ちも確かにあった」

 (ろう)に覆われていた本音が溶け出し、つま先に触れた。
 思ったよりも温度が高くて、彼も血の通った人間なのだと当たり前のことをいまさら認識する。

「だからって、僕に奪う権利なんてなかったのに。謝って済むことじゃないけど、謝りたい。本当にごめん」

 さすがに突っぱねることもできず、足元を浸されたまま立ち尽くした。
 嘘をついているようには見えない。そもそもいまさらそんな必要もない。

 返す言葉を見つけられず、口を結んでいた。

 許す、許さない、なんて二択じゃもはやおさまらないような気がするし、いま自分が怒っているのかどうかすら正直分からない。

 意表を突かれ、あたしの本音まで引きずり出されようとしている。

 時間も忘れそうになるくらいの沈黙を経て、涼が小さく息をついた。

「……らしくねぇなー」

 そう呟くと、悠々とした足取りで叶人くんに歩み寄った。
 拳を当てるようにして胸のあたりを小突き、ふっと口の端を持ち上げる。

「でも、よっぽどいい顔してる」

 戸惑いをあらわにする叶人くんにそう言い、手を下ろすなりポケットに突っ込んだ。
 一転してわざとらしく不満そうな態度で続ける。

「まあ……散々振り回されたし。おまえの事情は知らねぇけど、同情なんかしてやらねぇ」

 そう言いつつも恨みがましい声色じゃなかったし、必ずしも悪い意味には聞こえなかった。

 傷つけられたり嫌な思いをさせられたりしたことは否定できないけれど、根に持つような引きずり方をしないのが涼だ。

「悔しいけど気持ちは分かる。羽衣を守りたい、って気持ちは。俺もずっと同じ動機で動いてきたけど、おまえとはやり方が正反対だったんだな」