『わたしがいれば十分でしょ?』
幼いわたしの無邪気な独占欲を、苦にするどころか“うれしい”と受け取って世界の理にさえしてきた彼のどこまでも深い愛は、わたしを満たしてくれた。
それだけ必要とされていると実感できてうれしくなる。
わたしにとっての彼もまた、安心できる存在で、心ごと委ねられる相手。
叶人くんがいてくれるからこそ、わたしもここにいていいのだと思えた。
ふと、手の中の盗聴器を見やる。
どうするかは、わたしが決める。
欄干に手をつくと、振りかぶってできるだけ遠くへ投げた。
黒い小さな機械は川面に吸い込まれ、一度水を跳ねさせたきり跡形もなくなる。
「羽衣……」
「これが、わたしの答え」
すべてを取り戻した上で、自分の意思で選んだ答えにほかならない。
もちろん、すべてをなかったことにするわけじゃない。
盗聴器の存在も叶人くんがしたこともわたしの記憶には残り続けるし、彼自身も抱えていく。
けれど、罪の象徴にはしたくない。
こうして会いにきてくれたから、きっかけをくれたから、溶けない雪のようにずっと積もっていた罪悪感に向き合えた。
ふたりだからこそ、過去を乗り越えられた。
「好きだよ。ずっと好き。大好き」
募って止まない想いの蓋を開けるように伝える。
ひとりで不安を抱えなくていい。
わたしの記憶を消したり、ほかの誰かを巻き込んで傷つけたりなんてしなくても、わたしの心は変わらずここにある。
「……っ」
叶人くんはわたしを引き寄せ、強く抱きすくめた。
腕の力は強いのに、手先はひどく優しい。
そんなところも彼らしくて小さく笑みをこぼす。
「……僕も好きだよ、羽衣」
「うん、伝わってるよ」
「どこにも行かないでね」
「これじゃ行けないよ」
そう言って笑うと、叶人くんは「ごめん」と少し慌てたように腕を緩める。
返したはずの自由をまた奪いかけたと焦っているみたいだった。
「そうじゃなくて……。いいところも悪いところも、ぜんぶひっくるめて好きだと思っちゃったら、もうどこにも行けないから」
照れる気持ちに押し負けそうになりながら、はにかみつつ伝える。
はっとわずかに目を見張った彼はそれから顔を寄せ、唇が触れた。
満ちていく想いに酔いしれるように、そっと目を閉じた。
いつの間にか雨は上がり、光の粒がきらきらとあちこちに散っている。
そよいだ風が頬を撫で、彼と同じ瞬間を共有していることにいまさら泣きそうになってしまう。
雲の隙間から降りた天使の梯子が、世界を優しく照らしていた。



