ふと、ブレザーのポケットから何かを取り出した。
わたしの手を取って握らせる。
硬い質感を覚えながら見ると、それは黒色の小さな機械────盗聴器だった。
「どうするかは、羽衣が決めてくれていいから」
その言葉に戸惑っていると、彼は言う。
「ごめんね。……さよなら、羽衣」
溶けそうな笑みを残してゆっくりと立ち上がった。
背を向けられた途端、気づけばわたしも立ち上がり、その背中を追うように腕を回していた。
「やだ……!」
ぎゅう、としがみつくように強く抱きすくめる。
“さよなら”なんて嫌だ。
「もう離れたくないよ」
雨の中、走り去っていくワゴン車をただ見送ったあの日を思い返す。
物理的な距離だけじゃなく、心の距離も果てしなく遠くなってしまったと思っていた。
『久しぶりだね、羽衣』
あの日に置き去りにしてきた片割れの心を、見つけ出して届けてくれたのは彼だ。
たとえ記憶を消されていても、選択肢を奪われていても、嘘をつかれていても、叶人くんの優しさがぜんぶ偽物だったわけではない。
想いはあの頃から変わらないと、一緒にいたいという気持ちは本物だと、分かっている。
だからこそ最後に、すべてを返そうとしてくれているんだ。
「叶人くんだって分かってるでしょ……? もういまさら、離れられるわけない」
彼のいない世界なんて考えられない。
あらゆる感情が膨れ上がって涙に溶け、濾過された結果、一番に残ったのは“好き”という気持ちだった。
わたしの答えを聞く前に、勝手に終わらせないで。
いっそう腕に力を込めると、その温もりを、存在を確かめたくて顔を埋める。
雨に濡れてくゆるような甘い彼のにおいに、いまだってこんなに安心している。
「でも、僕……」
不安気な声が背中越しに届く。
わたしの腕にためらいがちに触れ、それから確かめるように握った。
「それなら、本気できみを手放せないよ。離してあげられない……。これが最後の機会になるかも」
そう言うと、緩やかに振り向いてわたしを見つめる。
揺れる眼差しの奥にある高い熱ごと受け止めた。
「それくらい好きで、失いたくない。もう二度と」
切実な声色に甘く焦がされて、頬が綻んだ。
「わたしも」
────最初から、それだけだった。
ひとりぼっちだったわたしたちにとって、お互いが光で、必要な存在だった。
遠回りし続けて、ようやく本当の意味で再会を果たせたような気がする。



