消して、奪って、きみだけを


(ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……)

 伝えるはずだった言葉を心の内で何度も唱えた。
 何度も何度も繰り返しながら、こらえきれずに(むせ)び泣く。

 わたしが彼の家を壊したんだ。
 彼の居場所をなくした。

 “誰にも言わないで”という言葉を破ったわたしのことを、きっと恨んでいるはず。

 結局、会うことも話すことも叶わないまま、叶人くんを乗せた車は行ってしまった。

 どこへ行ったのか知る(すべ)もないから、きっともう二度と会うことはできないだろう。

 窓を割って叫んだとき、彼の流した涙が頭から離れない。

 あのとき、彼は何を思っただろう。
 わたしは間違っていたんだろうか。

『叶人!』

 再びベルの音が鳴り響いたと思ったら、勢いよく開いたドアからお母さんが飛び出してきた。

 裸足のまま雨に打たれ、車の走り去っていった方向にふらふらと進んでいく。

 追いかけるようにあとから出てきた大人たちが、そんなお母さんを取り押さえていた。

 唯一の家族を奪った、という意味ではお母さんに対してもそうだ。
 そう自覚して心臓が冷えた。

 もう叶人くんのお母さんじゃなくていい────そう投げかけたことを思い、逃げるようにきびすを返す。

 その後、彼のお母さんは“精神を病んだ”とたちまち噂になった。

 いないはずの叶人くんがいるかのように振る舞ったり、彼の置いていった服を抱き締め、泣きながら「返して」と道行く人に縋ったり。

 奇行(きこう)に走ったとみんな言っていたけれど、そんなお母さんを目にするたび、そんな話を聞くたび、責められている気がして苦しくなった。

 あのとき冷えた心臓を、直接握り潰されているみたい。

 やがて、最後には自宅に火をつけて自殺を図った。
 あのお城は全焼し、お母さん自身も亡くなったとあとから聞いた。

 めちゃくちゃになった。
 めちゃくちゃにしてしまった。

 身体じゅうを突き刺す針の雨に晒されながら、あの頃みたいに全身を震わせて咽び泣いた。

 氷の刃を突き立てられているように心臓が痛くて、胸元のリボンごと強く握り締める。

 すべてはわたしのせいだった。

 わたしが彼から居場所を奪い、母親を奪い、何もかもを壊した。
 恨まれて当然だ。復讐されて当然。
 取り返しのつかないことをしてしまったのだ。

 ふと横を向くと、くすんだ景色が広がっていた。

 いつの間にこんなところへ来ていたのか、冷えきった手で橋の欄干(らんかん)を掴む。
 真下を流れる川の深さに目眩を覚える。