『羽衣ちゃん、少し背が伸びたんじゃない?』
優雅な微笑みをたたえ、歩み寄ってきたお母さんがわたしの頭に手を伸ばした。
あの夜に窓から見た光景がフラッシュバックしてきて、とっさにあとずさる。
この手は、叶人くんを散々苦しめ、痛めつけてきた。
彼から意思も笑顔も声も奪ってきた。
そんな事実への拒絶と嫌悪が、認識よりも先に行き渡ったのだった。
『叶人くん、ランドセル置いたらうちに来てね。一緒に宿題しよう』
困惑した様子のお母さんに構わず、彼に向き直って言う。
ずっとは無理でも、こんな危険な場所にひとり置いていきたくなかった。
毎日遊びにきて、泊まっていけばいいのに。いっそ、うちで一緒に住めたらいいのに。
そうすれば、彼が苦痛に苛まれることも、わたしが寂しさに押し潰されることもなくなるのに。
『……うん!』
一瞬、お母さんの顔色を窺ったものの、反応を待つ前に彼は頷いた。
玄関の方へ駆けていき、荷物を置きに一度家の中へ入る。
『…………』
お母さんはそんな彼を目で追ってから、わたしに視線を戻した。
穏やかな微笑みを残して背を向けると、同じようにドアを開けて中に入っていく。
二度響いたベルの音の余韻は何だか焦燥を煽るものだった。
門を押し開けて、リビングの窓に駆け寄る。
今日は閉まっていたけれど、カーテンの隙間から室内の様子が見えた。
お母さんが高圧的に彼を見下ろし、何か言っている。
声は聞こえないけれど、叶人くんの萎縮具合からしてよからぬ内容であることは間違いない。
それまでうつむいていた叶人くんがふいに顔を上げ、気圧されながらも何か言い返した。
その瞬間、お母さんが彼の髪を引っ掴む。
突然のことに驚いて、思わず窓に手を添えた。
その向こう側で、髪ごと引っ張られて突き飛ばされた叶人くんがキャビネットにぶつかる。
背中をしたたかに打ちつけ、床に倒れ込んだ。
衝撃でキャビネットの上に置いてあった花瓶が落ち、砕け散った甲高い音を耳が拾った。
『叶人くん……っ』
施錠されているようで、窓は押しても引いてもびくともしない。
『あなたが生まれてから、わたしはずっと苦しいの! あなたがいる限り、何ひとつ安心できない! 自分の人生を捨てさせられたのよ!』
そんな金切り声がくぐもって響いてくる。
いつになく感情的なお母さんの気迫から、身を守るようにして彼は小さく縮こまっていた。
震えているのがここからでも分かる。



