消して、奪って、きみだけを


『どうして?』

 はらりと頭の中で桜が散る。

『わたしがいるのに……』

 いまよりずっと幼かったわたしの、無邪気で無自覚な言動の数々まで思い出してしまい、苦い気持ちになった。

 心に刺さったまま抜けない棘が、ちくりと痛む。
 雨も桜も、いまのわたしにとっては罪と後悔の象徴でしかない。



 ────バスを降りると、じっとりと肌寒さがまとわりついてきた。
 雨音が近づき、傘のふちから雫が滴り落ちる。

「なあ。夢って、もしかして幼なじみとかいうやつの? 小学校のときに離れ離れになったっていう」

 おもむろに涼が口を開き、顔を上げる。

「……どうして分かったの?」

 まさか言い当てられるとは思わなくて、誤魔化すことも忘れてとっさに聞き返していた。

「何年の付き合いだと思ってんだよ。俺だって“幼なじみ”だろ、中学からだけど」

 当然のように言ってのけた涼は、ふと眉根に力を込める。

「だから、顔見たら分かるんだよ。おまえにそんな顔させるやつはそいつしかいねぇもん」

「どんな顔してた?」

「こんな顔」

 そう言いながら、涼は自身の両頬をつまんで横に引っ張ってみせる。
 思わず笑ってしまった。

「ちょっと、やめてよー。そんな変な顔してないでしょ」

「いーや、してた。そっくりだろ」

 もう、と小突いてひとしきり笑うと、先ほどよりも呼吸が楽になっていることに気づいた。
 それが涼のお陰だということにも。

 一見ぶっきらぼうで不器用なのに、実はひとのことをよく見ているし優しい。
 正直で誠実なところもずっと変わらず、いつも密かに救われていた。

 だからか、以前“彼”のことを涼にだけは話したことがある。
 その存在くらいしか言えなかったけれど、だからこそ当てられて余計に驚いてしまったのだ。

「でも……うん、涼にそう言われても仕方ないかも」

 せっかく少し軽くなった空気が再び湿らないように、やわく笑みを浮かべてみたけれど、たまらずうつむいてしまう。

 彼は歩調を落とさないままこちらを向いた。

「何だよ、あんまりいい思い出じゃなさそうだな」

「そういうわけじゃないよ。ただ……あれからずっと、後悔があって。罪悪感って言う方が正しいかな。片時(かたとき)も忘れられないの。……彼に謝りたくて」

 涼が構えることなく何てことないように言うから、わたしもつい本音をこぼしてしまった。

「特に雨の日は夢にまで見る。決まって同じ夢を見るの」

 静けさが落ちてきて、交通音まで霞む。
 ガラスみたいな雨粒をわけもなく目で追ったそのとき、視界に突然何かが現れた。