消して、奪って、きみだけを

     ◇



「おはよ。……羽衣、ちゃん」

 翌朝、教室に入るといつも通り高橋くんが声をかけてくれる。
 だけど、いつもとはちがうその呼び方にびっくりして弾かれたように顔を上げた。

「お、おはよう」

「ごめん! 馴れ馴れしかった、よね? 嫌だったらやめるから、全然」

 戸惑うわたしに慌てたような彼は、ひと息でそう言いきる。
 その様子を見ていたら思わず小さく笑ってしまった。

「いいよ、羽衣で大丈夫。その方がいい」

「ほ、本当? じゃあこれからは……羽衣ちゃん、で」

 うん、と頷くと、ほっとしたようにはにかんだ高橋くんは友だちのもとへ戻っていく。

「おはよう、羽衣」

 つい目で追っていたのを遮るように、叶人くんがわたしの前の席に腰を下ろした。
 朝から眩しいくらいの笑顔でどぎまぎしてしまう。

「おはよう。……あの、いいの? みんな、叶人くんを待ってたみたいだったのに」

 ちらりと彼の席の方に目をやると、昨日みたいに輪ができていた。

 こうして叶人くんがわたしの方へ来ると、また昨日みたいにわたしまでスポットライトを当てられてしまって落ち着かない。

「いいよ、羽衣の方が大事だから」

 さらりと返されていっそう落ち着かなくなり、困惑しながらも椅子を引いて座った。

 何だか楽しそうにそんなわたしを眺めていた叶人くんは、ふと頬杖をついていた肘を下ろす。
 改まったようにわたしを見た。

「……あのさ、羽衣。昨日話した通り、あのことは本当に気にしないでね」

 浮かべられた表情はやわいというより穏やかで優しく、わたしを労わってくれているのだとひと目で伝わってくる。
 だけど────。

「“あのこと”って?」

 すぐにはぴんと来なくて、確かめるように聞き返した。

「えっと……ごめん。何かわたし、ぼーっとしてたのかな。昨日の帰りに話したこと、途中からしか思い出せなくて」

「途中?」

「叶人くんが、その……頭を撫でてくれてたでしょ? それは覚えてるんだけど、それがどうしてだったか、そのときに何を話してたか思い出せないの」

 一緒に帰る途中、彼が頭を撫でてくれて、ふっと魔法みたいに心が軽くなったのは覚えている。

 自分でもなぜだか分からないけれど、それ以前の文脈がぷっつりと途切れていた。

「……忘れた?」