消して、奪って、きみだけを


「分かった、分かったから」

 ゆらりと視界が滲んでたまらず唇を噛み締めると、彼の手が今度はなだめるようにわたしの肩に触れた。
 一拍置いて言葉を繋ぐ。

「……再会してから、きみがどうしてずっとそんな顔してたのかも分かったよ。でも、思い違いしてる」

「え……?」

 瞳が揺れるのを自覚しながら彼を見上げた。

 叶人くんはおもむろにポケットから何かを取り出す。
 差し出されたそれを受け取って見ると、あの桜のしおりだった。

「覚えてる? 誕生日に羽衣がくれたしおり。いまでも僕の宝物なんだ。羽衣と過ごした過去はどれも、僕にとって幸せな思い出なんだよ」

 木漏れ日みたいに柔らかく目元を和らげ、ふわりと頭を撫でられる。
 あたたかいのに、ひどく胸が痛んだ。

 わたしの心の中には暗雲が立ち込めたまま、未だに雨が降り続いている。
 気づいたら、ふるふると首を横に振っていた。

「そんな、わけない……。だって、わたしが……っ」

 呼吸まで震えてしまい、言葉に詰まる。
 一瞬、何かに困惑した様子だった彼は、ぽんぽんといっそう優しくわたしの頭を撫でた。

「羽衣のせいじゃない。羽衣は何も悪くないし、謝る必要もないよ。……でも、知らなかった。そこまで自分を追い詰めてたなんて」

「……っ」

「大丈夫だよ。だからもう忘れていい。辛いことはぜんぶ忘れていいよ」

 ────彼がそう言った瞬間、ふっと我に返ったような気がした。

 (ろう)みたいに心に重く張りついていたものが、まるで粉塵(ふんじん)のように飛んで消え去る。

(あれ……?)

 そんな不思議な感覚に目を瞬かせると、ふと頭に乗った感触が意識されてくる。
 叶人くんの手だと思い至り、はっと息をのむと思わずあとずさった。

「あ、ご、ごめん。わたし、えっと……」

 どきどきと速く打つ鼓動に慌てながら、視線をさまよわせる。
 頬が熱を帯び始めてますます焦った。

 どうして、こんなに近くに?
 どうして彼に頭を撫でられたんだっけ?

「羽衣……」

「か、帰ろっか。……って、そういえば叶人くんはこっちの方向で大丈夫なの?」

 誤魔化すように笑いつつ、首を傾げる。
 何となくここまで一緒に来たけれど、彼の家はどこなんだろう。

 なぜか刹那(せつな)、あっけに取られた様子だった叶人くんは、だけどすぐに我を取り戻して微笑んだ。

「大丈夫だよ、羽衣を送ってから帰るから」

「えっ、そんなの悪いよ。遠回りになっちゃわない?」

「ううん、同じ方向だからついでみたいなものだよ。ていうか、僕がそうしたいんだ。そうさせて?」

 そう言われたら、それ以上は何も言えない。
 久しぶりの再会に免じて、叶人くんの優しさに委ねることにした。