騎士団長は天才魔石職人を手放さない

 翌朝、奇妙な気配でアルバートは目を覚ました。

 ベッドをきしませないように体を起こし、カーテンの隙間から日の光が差していないことを確認する。つまり、まだ夜は明けてない。しかし、夜というほどの時間でもない。

 アルバートは耳を澄ませた。かすかに床がきしむ音がする。イヴでも、ましてや身軽なドミニクでも絶対にありえない、重い体を慎重に動かすようなゆっくりとした音だ。きしみ具合から察するに、おそらく二名。

 音は裏口から入ってすぐの辺りだろうか。一番近いのはドミニクの部屋だ。アルバートは急いで扉へと近づき、慎重に様子をうかがった。こういう時のために、常にアルバートの部屋だけは扉を開け放しにしておいたのだ。

 しかし、工房全体にイヴが仕掛けた魔石結界が張ってあったはずだ。アルバートが訪れた際は店の営業時間中だったから切ってあったと後から聞いた。

 その疑問は扉から見えた、侵入者たちの持ち物で解けた。それぞれ手に魔石道具を持っている。それを各所にかざしながら進んでいるところを察するに、魔石による効果を無効化するか、魔力を察知するものなのだろう。似たような魔石道具を騎士団でも所持している。

 侵入者二名は黒ずくめの装束をまとっていた。東国のシノビと呼ばれる諜報集団の装束に近いかもしれない。どちらも体格は軍人のそれだった。

 アルバートは常に身につけていた短刀を構えた。いかに魔石による効果を無効にしようと、アルバートの身体能力が無効化されるわけではない。二名なら数秒で制圧できるだろう。

 音を立てないように息を吐き、ゆっくり吸った。軸足を踏み込んだ瞬間、ドミニクの部屋から足音がした。


「……っ」


 アルバートはつんのめりそうになる体をなんとか踏ん張って立て直す。侵入者が息を吸う音が聞こえ、ドミニクの部屋の扉が開いた。


「だ、誰ですか、あなたたちは……?」

「ガキでもかまわん。人質くらいにはなるだろ」


 隣国の言葉だ。アルバートは飛び出した。しかし相手の方が圧倒的にドミニクに近かった。すくんで動けないドミニクの腕を素早く掴み、前に押し出した。


「動くな。このガキがどうなっても知らんぞ」


 隣国訛りの言葉に、アルバートは止まらざるを得なかった。ドミニクの首に、短刀が突き付けられ、柄に埋め込まれた魔石が鈍く光っている。

 ドミニクは真っ青な顔でアルバートを見て、そして後ろへと視線を送った。

 侵入者たちがにんまりと目尻を下げる。


「そいつを返してくれ。僕の助手なんだ」


 静かな声がアルバートの後ろから響いた。


「イヴ、下がれ!」


 アルバートは怒鳴ったが、イヴは下がらず、アルバートの前へと出ようとした。


「そうはいかない。これ以上、その子に失わせるわけにはいかないんだ」

「ばか、お前が行ったら、あの子はお前を失うんだぞ!」

「その時はお前がいるさ、アルバート」


 アルバートが手を伸ばすより早く、イヴは侵入者たちの元へと向かった。

 侵入者たちはニタニタと笑ってイヴの腕を掴む。粗暴な掴み方に、さほど細くもないはずの腕がきしみ、アルバートは唇を噛んだ。

 ドミニクは床に投げ捨てられ、悲鳴が上げた。

 そのまま侵入者たちとイヴは裏口から出て行った。


「ドミニク! 無事か? 喉は?」

「う、ぐ、げほ……ちょっと重いですけど、大丈夫です……ご、ごめんなさい、オレのせいで先生が……っ」


 涙目で縋りつくドミニクの背を、アルバートはそっと撫でた。

 小さな拳は骨が浮き、華奢な肩は震えている。


「大丈夫だ。俺の部下がすでに追っている」

「え……?」

「あいつらが出て行ってすぐ、緊急用の魔具で信号を発しておいた。あいつらが持っていた魔石無効の効果範囲はそんなに広くないはずだから、城壁付近で待機していた部下たちが追えば間に合う。それより」


 アルバートは涙目のドミニクを覗き込んだ。


「先ほどイヴが言っていた、『これ以上、その子に失わせるわけにはいかない』とは?」


 ドミニクは目をぱちぱちと瞬いてから、小さくうなった。


「オレ、戦争孤児だって言いましたよね? 先生と同郷なんです……先生が隣国出身なのはお気づきですか?」

「ああ」


 アルバートは短く頷いた。イヴとドミニクの灰の髪と目の色から、そうだろうとは思っていた。


「昔、五、六年前の領土争いで、国境近くにあったオレの村が壊されたんです。先生の作っていた魔具で」

「なっ」

「先生は、魔石を戦争に使うことに反対していて……その見せしめの意味もあって、隣国の兵士に魔石を埋め込んだ爆弾や農具を盗まれました。それで先生の故郷の村を滅ぼされたんです。採掘や、田畑を耕すために開発していたものだったのに」


 ドミニクの顔はアルバートの方を向いていたが、瞳は何も見ていなかった。

 きっと、その瞳に映るものはイヴにしか見えない。


「そして先生が気づいて駆けつけたときには村はなく、焼け野原と瓦礫の下で両親の死体に埋もれていたオレだけが残されていたそうです……先生はオレを掘り返して、死体を埋めて、それから流れてこの街にたどり着きました」

「なぜ、ここに居を構えたんだ? 君たちが故郷を失う原因の一つだろうに」


 アルバートの問いに、ドミニクは苦笑して首を横に振った。


「ここなら、いきなり街ごと焼かれませんから」

「……そうかもしれないが」

「オレらの村を焼いたのは隣国の兵士の、それも下っ端も下っ端です。後になって、隣国の騎士団が正式に先生に武器を依頼するために、書状を用意していたと聞きましたが、手遅れでした……お互いに。そういうのが煩わしいから、オレと先生は隣国の目も手も届きにくいここにいたんです。いざとなればこの国の騎士団に守ってもらえますしね」


 ドミニクの顔がうなだれた。

 アルバートはドミニクの華奢な体を握りつぶさないよう、手を離した。


「……信用に応えられなかったのか、俺は」

「今回はオレが悪かったんです。団長さんは連中に気づいて捕まえようとしてくれていたのに。……初めてじゃないんですよね、オレたちが気づかない間に捕まえていたのって」


 ドミニクの言葉に、アルバートは小さく首を横に振った。

 その瞬間、アルバートの腹が鳴った。


「す、すまない」

「ごはんにしましょうか」


 ドミニクが笑った。


「お腹いっぱいにして、お弁当も作って、先生を助けに行きましょう。……きっと待ってますよ、団長さんのこと」

「君はばかだな」


 アルバートも釣られて笑った。


「イヴは君のことだって待ってるさ。大事な家族なんだから」


 二人は顔を見合わせて頷いた。

***