終わらない夜に



その夜、仕事を終え待ち合わせた私たちは、六本木にあるラグジュアリーホテルへとやってきた。

最上階の21階にあるレストランのテラス席に案内されると、キャンドルがいくつも灯る幻想的な空中庭園の中、最も景色がよく見えるカップルシートに通された。

「素敵。私テラス席って初めてです」
「この前話してた店が今日は休みで行けなかったから。つぐみがよろこびそうな店を探してみた」

名執さんはいつも私が好きそうなメニューや雰囲気のお店を選んでくれる。その優しさがまたうれしい。

ふたり肩を並べて座り、運ばれてきたノンアルコールのワインが入ったグラスを軽く合わせて口をつける。

「本当は星が見えればよかったんだけど。今日は曇りだったから見えないね」
「でも空が暗いぶん、周りのキャンドルの灯りがいっそく明るく見えてとっても幻想的ですよ」
「たしかに。そう思うと曇りもいいね」

ふたりの顔を照らすキャンドルの灯りを見て笑う。
こんなひとつひとつがまた幸せだ。

ほどなくしてテーブルの上にはサラダやキッシュ、フィレ肉などのアラカルトがいくつか並び、私たちは食事を始めた。

「つぐみの地元ではもっと星が見えるんだっけ」
「はい、東京ほど建物もないですしよく見えますよ。子供の頃の課外授業で山奥にキャンプ行ったときが一番すごかったです」
「キャンプ?いいね、俺たちも秋か春あたりに行こうか」
「えっ、いいんですか?じゃあ私テントの張り方とか火の起こし方練習しておきますね!」
「いや、そこまではいいかな」

秋か春に……こうして未来の話ができるのがうれしいな。
笑ってフォークを口に運ぶ私に、名執さんは安心したように微笑む。

「よかった、元気そうで」
「え?」
「この前のエレベーターでのこと、気になってたから」

普通に接しながらも私の体調を気にかけてくれていたんだ。
優しさをうれしく思うと同時に、きちんと全てを話せていないことが心苦しくなる。

「すみません、でももう体調はなんともなくて」

……もしかしたら、今が言うチャンスなのかもしれない。
そう思いフォークを置いて、隣の名執さんをじっと見つめる。

「あの、私……その」

打ち明けよう。そう思うのに上手く言葉が出てこない。

思えば今まで母のことを誰かに話したことがない。
なにをどう話せばいいか、話したところで引かれてしまわないか、不安で言葉が詰まってしまう。

すると名執さんは、膝の上で固く拳を握っていた私の手に、そっと手を重ねた。

「無理に話さなくていいよ。つぐみが話したいと思ったタイミングでいい」

……きっと名執さんは、私がなにかを隠していることに気付いていたのだと思う。
だけど無理に聞いたり探ったりせず、私を信じて待ってくれている。

話さなきゃ、じゃない。
聞いてほしい。自分が心の奥底に抱えてきた気持ちを。

自然と湧き上がる気持ちに、私はゆっくり口を開いた。

「私の家のことで、名執さんに聞いてほしい話があって」

そしてゆっくりと時間をかけて話した。

幼い頃からの家庭環境や、母との関係性。
蔑まれ貶され、今でもお金のため都合よく使われていること。

母への仕送りもやめたいと思っている、だけど怖くて逆らえずにいるということまで。