リハーサルから始まる恋

ありさと高が笑顔で手を振って去っていくと、通りには愛斗と正子の二人だけが残った。
木漏れ日が歩道に揺れて、二人の影が並んで伸びていく。
愛斗くん、今日は本当にありがとう」
正子は足を止め、真剣な面持ちで愛斗を見上げた。
「高さんの体のこと、早く気づいてくれて、病院に行くように勧めてくれたおかげで、本当に命が助かったの。あなたがいてくれなかったら、と思うと…心から感謝しているわ」
「いえ、俺も医学の本を読んで知っていただけです。高さんが無事で本当によかった」
愛斗が穏やかに答えると、正子は少しだけ指を組み、深呼吸をしてから、ずっと胸に秘めていた想いを言葉にした。
「それと…愛斗くん、私、あなたのことが好きなの」
突然の言葉に、愛斗は思わず目を見開いた。正子は恥ずかしそうに目を伏せながらも、はっきりと続けた。
「あの日、コンサートのリハーサルの前、飛び出してきた自転車から私を守ってくれた瞬間から、ずっと気になっていたの。いつの間にか、あなたのことばかり考えるようになって、気づいたら心から好きになっていたわ。年の差もあるし、迷惑だったらごめんなさい」
愛斗は、昔からずっと憧れ続けてきた正子からの告白に、胸がいっぱいになった。
驚きはもちろんだったが、それ以上に嬉しさが込み上げてくる。
「正子さん…俺、あなたの大ファンです。そんな風に言ってもらえるなんて、夢みたいです。俺も、正子さんが大好きです。よろしくお願いします」
愛斗がそう答えると、正子は嬉しそうに瞳を潤ませ、そっと愛斗の胸元に手を添えた。愛斗は優しく正子を抱き寄せ、柔らかく唇を重ねた。穏やかで、温かくて、幸せなキスだった。
ゆっくりと唇を離した後、二人は寄り添うように歩き出し、色々な話をしながら駐車場へと向かった。 
それから近くのコンビニに立ち寄り、飲み物やお菓子、夕食の材料などを選んでいると、突然背後から声がかかった。
「ちょっと愛斗さん! どうしてサーカスの正子さんなんかと一緒にいるの? どういう関係なの?」
松本が、怪しげな顔で立っていた。
愛斗は正子をかばうように前に出て、はっきりと答えた。
「彼女です。俺の恋人です」
「嘘だ! そんなはずないでしょ!」
松本は鼻で笑い、信じようとしない。
その時、正子が愛斗の腕に手を回し、そっと彼の横顔にキスをした。そして凛とした声で言い放った。
「そうよ。この人は、私の彼氏です」
愛斗は不意の出来事に一瞬驚いたが、頬が緩んでニヤニヤが止まらない。
松本は二人の様子に言葉を失い、そのまま立ち尽くしていた。
二人はその後、ゆっくりと買い物を続け、レジで会計を済ませて車に乗り込んだ。
車を走らせながら、愛斗は静かに話し始めた。
「実はさっきまで、松本から正子さんやサーカスのことで、ひどい嫌味を言われてたんだ。『おばあちゃんだ』とか『サーカスなんて古い』とか…。でも、俺は絶対に負けないから」
正子は愛斗の手をそっと握りしめた。
「そんなこと、気にしなくていいわ。私たちの気持ちが一番大事なのだから」
愛斗は正子を自分の家へと招き入れた。初めてのお家デート。くつろいだ服に着替え、ソファに並んで座り、お互いの好きなところや、これからしたいことなど、たくさん話をした。
「正子さん、よかったら、俺が歌うのを聞いてくれますか?」
愛斗が尋ねると、正子は嬉しそうに頷いた。
「もちろんよ。ぜひ聞かせて」
愛斗は昔から何度も聴き、何度も歌ってきた『ミスター・サマータイム』と『アメリカン・フィーリング』を、正子の前で心を込めて歌った。澄んだ歌声が部屋中に響き渡り、正子はうっとりとした表情で、最後までじっくりと聴いてくれた。
「素敵な歌声ね。愛斗くんの歌、本当に心に響くわ」
正子の言葉に、愛斗は照れながらも嬉しそうに笑った。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜になった。正子は愛斗に見送られながら、笑顔で家を後にした。
愛斗は一人になっても、胸の中がずっと温かいままだった。ずっと憧れていた正子と、本当に恋人同士になれたのだ。この幸せを、ずっと大切にしていこうと、心から強く思った。
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