結婚したくないはずの俺様社長に、成婚を強行されました

 不意に、あのとき触れた唇の熱が蘇る。

 名前を呼ぶ掠れた声や、離したくないみたいに重ねられた唇。思い出しただけで頬が熱くなり、透子は慌てて両手で顔を覆った。
 恋愛経験ゼロの自分には、あのキスは刺激が強すぎた。

(……もう、今日は帰ろう)

 もう一度ため息をついて、帰宅の仕度をしているとオフィスに鈴谷が入ってきた。

「――透子さん、ちょっといいかな」

 周囲にだれもいないのを確認すると、鈴谷は休憩スペースに透子を誘った。その表情はいつになく硬く見えた。

「どうかしましたか?」

「透子さん、MSBの社長と婚約したんだね」

 腰掛けるなり、突然切り出され透子は目を丸くする。鈴谷は、言葉を選ぶように間を置いてから続けた。

「所長から聞き出したんだ。もともとは婚活目的でここに来た彼が、透子さんに交際を申し込んだのがきっかけだったとも」

「所長が……」

 透子はさらに、息をのむ。まさか、母が鈴谷に実情を話すとは思っていなかったからだ。

 透子の疑問を察したのか、鈴谷は複雑そうな表情になる。

「所長は僕が君に想いを伝えられないでいるの、気づいていたからね。教えてくれたのはたぶん僕に悔いを残させないためだと思う」

 思いもよらない言葉だった。