結婚したくないはずの俺様社長に、成婚を強行されました

 長い睫毛の奥にある眼差しに捕らえられ、逃げ場をなくされたように息が詰まる。

 お互いの吐息が触れそうなほど近づき、透子は反射的にぎゅっと目を閉じた。次の瞬間――柔らかな感触が、頬にそっと落ちた。

 驚いて目を開けると、迅が鼻先が触れそうな距離で小さく笑っていた。

「そんなに緊張しなくても、今日はこれくらいにしておいてやる」

 迅は名残を惜しむように透子の髪をゆっくり撫でると、「ちゃんと鍵かけて。おやすみ」と耳元で囁き、そのまま静かに身を離した。

 遠ざかっていく背中が見えなくなったあとも、透子はしばらくその場から動けなかった。

 ようやく我に返り、半ば機械的にドアを開けて玄関へ入る。背後で鍵の閉まる音が響いた瞬間、緊張がほどけた。

(キス、された……頬に)

 じわじわと実感が押し寄せ、透子は熱を持った頬にそっと手を添える。

(でも、私、唇にされると思って、目を閉じた)

 その事実に気づいた途端、あまりの羞恥で叫びたしたくなる。拒絶するどころか、ほんの一瞬、期待してしまったなんて。
 もし本当に唇が重なっていたら、自分はどうしていただろう。