──放課後。
夏音が靴箱で靴を履き替えていると、女子生徒が数人集まっていた。
「柴崎くん!」
一人の女子が涼を呼び止める。
「これ……よかったら。」
両手には可愛く包まれたクッキー。
「ありがとう」
涼は笑顔も見せず片手で受け取る。
「でも、ごめん…」
そのまま女子へ返した。
「受け取れない」
女子は寂しそうに笑い、「そっか」とだけ言って去っていく。
夏音は少し驚いた。
「…ちゃんと、断るんだ。しかもごめんなんて…」
家では無愛想、学校でも無愛想。
でも、相手を傷つけないように言葉を選んでいる。
そんな一面を初めて知った。涼のこと知るたびに、少しだけきゅんってなるこの心臓に私は無視をしていた。
──家に帰ると、リビングには誰もいなかった。
荷物を置こうとしたとき、ソファの上に教科書が数冊積まれているのに気づく。
「これ……」
自分が机に置き忘れた数学のノートだった。
「え?」
そのとき、階段を下りてくる足音。
「忘れてたから」
「……涼」
「先生に預かってきた」
「……ありがとう」
「別に」
照れた様子もなく、冷蔵庫から麦茶を取り出す。
「……学校では話しかけないのに。」
思わず口にすると、涼は少しだけ動きを止めた。
「約束だから。でも家では家族だから」
それだけ言って、涼は自分の部屋へ戻っていく。
夏音はノートを胸に抱え、小さく息をついた。
「なんなの、もう…」
──冷たいと思えば優しい、遠いと思えば近い…
わからない。本当に、わからない。
それなのに――
今日一日だけで、涼のことを考える時間が少し増えている自分がいた。
まだ恋なんかじゃない。
そう思い込みながら、夏音は静かに窓の外へ目を向けた。
夏空には、眩しい夕焼けが広がっていた。



