◇
―――数日後。
真夏の強い日差しが降り注ぐ京都駅の新幹線ホーム。
そこには、東京への帰路につく恭弥の姿があった。
糸は、自分の過去の初恋に本当のさよならを告げるため、この場所へやってきていた。
糸の隣には、彼女を優しく見守るように響矢が並び、その少し後ろには結月も寄り添っている。
「うわっ……ちょっと待って、ほんまガチやん!うわぁ、気色悪ぅ!!」
改札の手前で恭弥と響矢が正面から並んだ瞬間、結月は口をあんぐりと開けたまま、二人を交互に指差して絶叫した。
「骨格から背の高さから、ほんまに瓜二つやん! 響矢、あんたらほんまに生き別れの双子とかちゃうやんな!?」
「他人の空似やアホ! 誰が生き別れの双子やねん!」
響矢がすかさず結月の頭を軽く叩いてツッコミを入れる。
その小気味いい関西弁の応酬を、恭弥は驚いたように目を見開いた後、ふっと、東京にいた頃のような穏やかな太陽の笑顔を浮かべた。
「あはは、確かに俺も、鏡を見てるみたいで不思議な気分だよ。……でも、中身は全然違うみたいだね」
恭弥は一歩前に踏み出すと、自分と同じ顔をした京都の彼に向かって、真っ直ぐに右手を差し出した。
「じゃあ……“響矢くん”? 俺の大切な幼馴染のこと、これからよろしく頼んだよ」
「おう、まかしとき! 恭弥もまたいつでも京都に遊びにおいでや!」
響矢は不敵に、けれど男らしくニカッと笑い、恭弥の手をがっしりと力強く握り返した。
二人の『きょうや』が、お互いの意地と敬意を込めて交わした、確かな男の約束。
糸はその眩しい光景を、本当に幸せそうな満面の笑みで見つめていた。
「じゃあね、糸。凛にもよろしく言っておくよ」
「うん、ありがとう、恭弥。バイバイ」
恭弥は新幹線のドアの向こうへと消え、白い車体がゆっくりと動き出した。
東京へと戻っていく恭弥を乗せた新幹線が、ホームの向こうへと消え去るまで、糸は今度こそ一滴の涙も流さず、笑顔のままその姿をずっと見つめ続けた。
かつて自分の心をからからに乾かしていた、三角関係は、もうどこにもない。
今の糸の隣には、自分を誰よりも真っ直ぐに愛してくれる、新しい居場所があるのだから。
「ふぅ、行ったなぁ。……あ、そういえばさ、糸ちゃん」
駅からの帰り道。駅ビルを出て青空の下へと歩き出した時、響矢が少しだけ意地悪に、けれどどこかそわそわとした様子で糸の横顔を覗き込んできた。
「俺とアイツ、二人が並んでるところを初めて生で見たわけやん? ぶっちゃけ、どっちの方が男前やった?」
期待を隠しきれない目で尋ねてくる響矢。
糸は少しだけ歩みを緩め、人差し指を顎に当てて「え?ん〜そうだなぁ?」とわざとらしく考え込むフリをした。そして、悪戯っぽくニヤリと微笑む。
「ふふっ、内〜緒っ!」
「はぁ!? ちょい待って、内緒ってなんやねん! そこは付き合いたての初彼の俺、東雲響矢が世界一のイケメンですぅって言うてくれなあかん流れやろっ!」
完璧にいなされた響矢は、漫画のようにガーンとショックを受けた顔になり、慌てて糸の後を追いかける。
「アホやぁ! 響矢のやつ、完全に糸ちゃんの手のひらの上で転がされとるー! ざまぁみろ!」
結月がそれを見てケラケラと大爆笑しながら、響矢の背中を叩いている。
恥ずかしそうに、けれど本当に愛おしそうに眉を下げる響矢の、その無骨な掌が、移動する人混みのなかで糸の手をぎゅっと力強く握りしめてきた。
指先から伝わる、熱いほどの確かな体温。
糸の口から、心からの明るい笑い声が溢れ出す。
気がつけば、あんなに喧しかった蝉の声が、少しずつ静まりを見せ始めていた。
季節は確実に、新しい秋へと向かおうとしている。
見上げた京都の空は、どこまでも高く、どこまでも澄み切った青色で満ちていた。
過去の未練をすべて青空の向こうへ溶かした逢沢糸の、本当に輝かしい恋の物語が、今ここから鮮やかにスタートしようとしていた。
―――Fin.



